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台風はすごかったですね。
東京でこれだけすごい台風は久しぶりです。
うちは多摩川からそんなに遠くないので、夜中に水位情報を
食い入るように見てしまいました。
ホームレスの人たちが誰も流されてないといいんですが…
さて、サッカーのA代表戦は眠くて見れませんでした。
今日のU22も深夜2時半…
眠いですね。
スポーツといえば、ラグビーのW杯が始まりました。
日本はあまり強くはないですが、見れば面白いはず。こちら
は12時くらいからなので、見れるかな。でも、今日はオー
ストラリア戦…
映画は、今日から公開の『ミリキタニの猫』です。
ミリキタニは三力谷、日系アメリカ人のお爺ちゃんを撮ったとて
もいいドキュメンタリーです。
まずは、東京と広島で明日から。
10月までに名古屋、新潟、大阪、金沢で公開予定です。
公式サイトはこちら
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
ミリキタニの猫
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■ 今日の映画 − ミリキタニの猫
--cinema2045------------
ミリキタニの猫
The Cats of Mirikitani
2006年,アメリカ,74分
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<キャスト&クルー>
監督 リンダ・ハッテンドーフ
撮影 リンダ・ハッテンドーフ
マサ・ヨシカワ
音楽 ジョエル・グッドマン
キャスト ジミー・ツトム・ミリキタニ
ロジャー・シモムラ
ジャニス・ミリキタニ
<評価>
☆☆☆☆(満点=5)
<プレヴュー>
ニューヨークの街角、韓国人のデリの軒先を借りて暮らすひとり
のホームレス、アーティストである彼に話しかけたリンダ・ハッテ
ンドーフは彼がジミー・ミリキタニという日系人で、第2次大戦中
に強制収容所にいたことを知る。二人は毎日会い、徐々に仲良くなっ
ていくが、やがて2001年の9月11日が訪れる…
80歳でホームレスでアーティストであるジミー・ミリキタニを通
して第2次大戦中の日系人の強制収容所に関する事実を描いたドキュ
メンタリー。このおじいちゃんがとてもいいキャラクターで堅苦し
さがなくていい。
<レビュー>
始まりはホームレスの爺さんが書く絵だった。彼ジミー・ミリキ
タニは六十数年前にいた強制収容所の絵を描き続ける。そして出身
地である広島に落ちた原爆の絵も。日系人の強制収容所についてほ
とんど知らなかったリンダ・ハッテンドーフは彼に毎日会いに行き、
会話をし、それを録画した。彼らは仲良くなり、リンダはジミーの
ことを気遣うようになるが、ジミーは基本的に人に頼ろうとはせず、
自分の力で生きていた。
しかし、いつものようにカメラを回していたある日、高層ビルに
ジェット機が突っ込み、世界は変わった。そして、その事件によっ
て吐き出された有害な煙はリンダとジミーの関係も変えた。以前は
親切な韓国人店主に軒先を借りて夜露をしのぎ、昼間は公園などで
絵を描いていたジミーだが、9.11による有害な煙はジミーの健康を
さいなみ、リンダの家で一時的に暮らすという申し出を受け入れさ
せた。
映画はそこからが面白い。ジミーはリンダの家に世話になっても
まったくわがままなままで遠慮というものを知らず、創作に没頭す
る。そんな中、リンダはいつまでもジミーを置いておく訳にも行か
ないと思ったのか、ジミーに社会保障を受けさせようとする。しか
し、ジミーはそれをかたくなに拒絶する。その拒絶の根底にあるの
はジミーの政府に対する不信感である。アメリカ市民である自分を
収容所に押し込み、市民権を奪った政府をそうやすやすと赦し信用
することなどできるはずはない。ジミーは戦後市民権のないまま60
年以上独力で生きてきたのだ。
リンダはアメリカの代表とでも言うようにジミーに対する罪を償
おうと奔走する。そして、ついにジミーの市民権が実は回復されて
いたということを突き止めるのだが、そのあて先人不明で届くこと
のなかった手紙のあて先はどこだったのかと私は思いを馳せる。戦
後、半ば共生的に農場に送られ、その後も安定して生活を送ること
ができず流浪を続けざるを得なかった人間に向けてどのようにその
通知を送ったというのか。作品ではこのことに触れていないが、こ
こに官僚主義の理不尽さを見る。アメリカでも日本でも官僚という
のは一通りの手続きを踏んで、責任を逃れればそれでいいという官
僚主義に動かされているのた私は感じた。
しかし、この作品はそのような政府に対する批判という方向には
進まない。物語はジミーの収容所跡地への旅と家族との再会に向け
て進んでいく。そしてその過程でジミーはアメリカを“赦す”。こ
の結論にはなんとももやもやしたものが伴うように思うのは私だけ
だろうか。
ジミーは結局リンダを通してアメリカという社会を受け入れ、社
会保障を受け入れたわけだが、それは果たしてアメリカを赦したと
いうことなのだろうか。ここにリンダとジミーとそれを取り巻く社
会は存在しているが、“アメリカ”自体は不在なのではないか。ア
メリカという国家の機構は官僚主義的=無機的にジミーの市民権と
社会保障を処理したに過ぎず、そこにジミーと国家との有機的なつ
ながりは見出せない。彼はアメリカを赦したのではなく、国家不在
の社会を受け入れただけなのではないか。
しかし、作品をそのまま受け止めるとジミーがアメリカを赦した
かのように見える。それはおそらくリンダ監督が自分と自分を取り
巻く社会がジミーに受け入れられたことで自分が代表して償おうと
してたアメリカの罪が償われたと感じたからだろう。
ここで描かれるジミーとリンダと所の周囲の人々の関係はすばら
しく、それはアメリカ社会の非常にいい一面を表現していると思う。
だから実際のところこの“赦し”という問題にこだわる必要はない
のだろうが、この作品のように作り手の気持ちが強く伝わってくる
作品では、こういう部分にこだわってしまう。
この作品は確かに事実を伝えているのだが、そこにある事実はリ
ンダ監督によって語られた事実であり、ある種の物語であるからだ。
事実が物語として語られるドキュメンタリー映画には、それが物語
であることを留保する余地があったほうがよい。この作品にはその
部分の意識が希薄であるような気がしてならないのだ。
ジミー・ミリキタニという人物も、リンダ・ハッテンドーフとい
う人物も本当にすばらしいからこそ、この作品にはもっと広がる余
地があるはずだ。だからこそそんな文句をつけたくなるのだ。
□ ヒビコレリンク
『ミリキタニの猫』公式サイト
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:ミリキタニの猫>
『ミリキタニの猫』のDVD発売は未定です。
ジミーさんの画文集が発売されています。
<今日のお勧め>
日系人強制収容のお勉強(書籍)
強制収容を描いた山崎豊子さんの小説
オーストラリアでもありました








