2007年09月10日

イン・マイ・カントリー

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来週は連休、そして敬老の日です。
なかなか年寄りにあげるものってのは難しいものですが、意外と
喜ばれたのが靴べらです。
案外靴べらは腰をかがめずに靴をはけて、腰の悪いお年寄りには
とてもいいのです。
後、最近話題なのは黒いまな板ですね。
食材というのは色が薄いものが多いので、背景が黒いと見やすい
ということで人気だそうです。
あとは、ユニバーサルデザインの消化具なんてのもあります。
古い扇風機が発火したなんて事件もありましたから、手元に簡単
な消化具があると少し安心かもしれません。


-------- 目次 --------

■ 今日の映画
 イン・マイ・カントリー

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■ 今日の映画 − イン・マイ・カントリー


--cinema2047------------

 イン・マイ・カントリー

 Country of My Skull
 2004年,南アフリカ=イギリス=アイルランド,104分


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<キャスト&クルー>

監督 ジョン・ブアマン
原作 アンジー・クロッグ
脚本 アン・ピーコック
撮影 シーマス・ディージー
音楽 マーレイ・アンダーソン

キャスト サミュエル・L・ジャクソン
     ジュリエット・ビノシュ
     ブレンダン・グリーソン
     メンジ・“イグブス”・ングバネ

<評価>

☆☆☆☆1/2(満点=5)


<プレヴュー>

 アパルトヘイトが廃止された翌年の1995年、南アフリカでは真実
和解委員会が発足、人権侵害の加害者と被害者の双方が証言し、弾
圧行為が命令の遂行だった場合には恩赦が与えられることとなった。
オレンジ州に住む白人の詩人アナ・マランはこの真実和解委員会を
取材しリポートすることにした。その最初の記者会見でアメリカか
らやってきた黒人記者リビングストンに出会い、意見の相違からさっ
そく対立する。
 2年間ラジオでこの真実和解委員会をレポートしたアンジー・ク
ロッグによるルポルタージュの映画化。監督はイギリスの奇才ジョ
ン・ブアマン。これだけの作品が劇場未公開とは哀しい限りだ。
 

<レビュー>

 人間の知りえることというのは限られていて、私達はいつも知っ
ていなければいけないことを知らない。南アフリカにアパルトヘイ
トがかつてあり、それが90年代になくなり、ネルソン・マンデラが
大統領になった。それくらいのことは大体の人が知っていて、南ア
フリカがそもそもオランダ領で、植民者である彼らは“アフリカー
ンス”と名乗り、独自のアフリカーンス語を話していて、アパルト
ヘイトの間はひどい差別と人権侵害があったということは結構知ら
れて入る。
 しかし、アパルトヘイトが終わったあとこのように真実和解委員
会というものが開かれ、白人と黒人の間の和解を模索しようという
試みが行われたということをどれくらいの人が知っているだろうか。
私はそのような試みのことはまったく知らなかった。もしかしたら、
頻繁にニュースが流れた1995年当時にニュースでちらりと耳にした
かもしれないが、もしそうだとしてもそれは完全に忘却の彼方へと
押しやられてしまっている。
 しかし、私はこの映画を見てこれは知っておかなければならない
ことだと気づく。そして、それが起こってから十数年後に、私も少
しは物がわかるようになってから知ることができてよかった。この
南アフリカの2年間に渡る営為は人類史において語り継がれなけれ
ばならない出来事だ。そのような出来事を知ることができて私はう
れしい。

 この真実和解委員会というのは、黒人の委員会が人権侵害の加害
者と被害者から証言を聞き、その加害者の行為が政治的なものであっ
た場合には恩赦を与えるというものである。政治的なものとは、そ
の人権侵害が上官からの命令によるものであり、それを実行するこ
とが政治的な目的にかなっているということである。
 これはニュルンベルク裁判以降、戦争犯罪の責任をめぐって戦わ
される議論の焦点となり続けている事柄である。有名なのは、ユダ
ヤ人を絶滅収容所へと送る責任者であったアドルフ・アイヒマンが
逃亡の末つかまって「命令に従った」だけだと主張した裁判で、結
局アイヒマンは有罪となるが、その裁判が行われたのはイスラエル
だった。これについてはハンナ・アーレントの「エルサレムのアイ
ヒマン」に詳しいが、結局命令に従って残虐行為を行った当事者の
責任を問えるのかどうかという問題だ。
 この問題は本当に根が深い。この作品は、その問いに対して「赦
すこと」という回答を提示する。被害者が加害者を「赦す」ことで
その問題を回避するのだ。アメリカ人のリビングストンはそのよう
な解決法が実効的であるとは想像できない。2度目の聴聞会が終わ
り、アナとリビングストンは普段吸わないタバコを吸う。タバコと
酒に頼らなければ正気を保てないくらいの出来事が起きていたこと
を知ったわけだ。しかしこの土地の黒人達には驚くほどのことでは
ない。この想像力の限界を超える出来事に出会って初めてリビング
ストンは加害者に償わせることの不可能性を知る。償わせることに
よってはこの問題は解決しないのだ。
 だから“ウブントゥ”が必要になる。“ウブントゥ”とは「あな
たを傷つけるものは私も傷つける」ということ、そう考えるなら、
加害者はすでに傷ついており、さらに加害者を傷つけなおすことは
自分自身がさらに傷を負うことである。相手を本当に「思いやる」
ことができたなら、相手を赦せるはずだ。「思いやる」とは相手の
気持ちになること、想像力を働かせて他者との間にある壁を乗り越
えることだ。もしそれができなたら、相手を赦せるはずだ。
 しかし、それは本当に難しい。

 アナの農場の古株アンダーソンが大事な杖をリビングストンに託
したとき、私はすごく感動した。先祖から伝わるその杖は、ある意
味では彼の存在基盤なのだ。彼はその杖を受け継ぐべき息子を奪わ
れ、しかし奪った当事者を赦し、その杖を縁もゆかりもないアメリ
カ人に託す。それは彼が本当に赦したのだということを象徴する。
彼は過去を振り返るのをやめ、未来を見始めたのだ。彼は自分と自
分の先祖とそして息子の存在をこの世に残すためにリビングストン
に杖を託す。それは人間の本能的な欲求、人間は自分の肉体が滅び
ることよりも自分の存在が忘れ去られることを恐れるものだ。肉体
はいつか滅びる、しかし記憶は受け継がれる。杖に託されたアンダー
ソンとその一族の記憶はリビングストンに受け継がれ、本と映画を
通して抽象的な形ではあるがわれわれにも受け継がれた。
 赦しと償い。償わせてくれと訴える元警官は心の底からそう思っ
ているのだろう。果たして彼のその気持ちがずっと続くかどうかは
わからないが、彼は赦しが償いに対して与えられるものだというこ
とを体現している。真実を告げるというわずかな償いで、彼らは加
害者を赦す。それは彼らが報復として相手を傷つけることが再び自
分を傷つけることになることを知っているからだ。それはまさに報
復の連鎖、憎しみの連鎖を生む。
 傷つけ、傷つけられるという不毛な繰り返しを誰かがどこかで止
めなければならない。そのために必要なのが赦しを彼らは与えるの
だ。

 なんだか映画の内容についてはほとんど書かずに終わってしまっ
たような気もするが、この映画は作品からあふれ出てくるものがあ
まりに多い。そのあふれ出てくるものをただあふれるだけにせず、
自分の記憶に留め置くために私はこれを書かなければならなかった
のだ。限られた記憶のその中にこの出来事がとどまるように。怒り
に震えたり、憎しみを覚えたときに“ウブントゥ”と唱えられるた
めに。
 この原作となったアンジー・クロッグの“Country of My Skull”
が翻訳されていないのは残念だ。映画の中に時折出てくる彼女自身
の言葉は詩人らしいリズムがあり、味わい深い。がんばって原著で
読んでみようかなぁ…





□ ヒビコレリンク

 『ブラッド・ダイヤモンド』

 『ダーウィンの悪夢』


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posted by ヒビコレエイガ at 15:04 | TrackBack(0) | バックナンバー(移行中) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする