http://www.cinema-today.net/
昨日は“9.11”から6年ということでした。
テロ特措法が話題を集める中ですが、あまり大きなニュースには
ならなかった感じです。しかしやはり悲劇は悲劇なわけで、これ
も忘れてはならない出来事のひとつです。
テロ特措法が話題になっているのにアフガン情勢についてはまっ
たく報道されず、悲痛の顔のアメリカ人ばかり映るのはやはりど
うも一面的という気がしてしまいますが…
と、出そうと思ったら、安部首相辞任のニュースが!
詳細はわかりませんが、なぜ今…
書こうとしてたこと忘れてしまいました…
ので、また明日。
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
愛しきベイルート/アラブの歌姫
□ ヒビコレリンク
□ DVD今日の買い!
------------------------
■ 今日の映画 − 愛しきベイルート/アラブの歌姫
--cinema2048------------
愛しきベイルート/アラブの歌姫
Fairuz, We Hielden Zoveel van Mekaar
2003年,オランダ,80分
-----------------------
<キャスト&クルー>
監督 ジャック・ジャンセン
脚本 ジャック・ジャンセン
撮影 マルティジン・ファン・ベーネン
音楽 ファイルーズ
キャスト ファイルーズ
<評価>
☆☆☆(満点=5)
<プレヴュー>
レバノン人に何十年も愛され続け、今も毎朝その歌声が流れる歌
手ファイルーズ、彼女を愛するレバノン人たちは、内戦のときも、
そこから立ち直ろうとするときも彼女の歌に励まされてがんばって
きた。
作品はベイルートに住む人々に対するファイルーズに関するイン
タビューで構成される。
<レビュー>
私はファイルーズという歌手のことはまったく知らなかったし、
レバノンについてもニュースで聞きかじったくらいのことしか知ら
なかった。だから、この作品をレバノンの国民的歌手だというファ
イルーズを通してレバノンという国とその内戦について知ることが
できるかと思って見てみたのだ。しかし、期待は見事に外れた。こ
の作品はあくまでもファイルーズという歌手についての映画であっ
て、彼女がいかにレバノンの人々に愛されたか問うことを語ったも
のだった。そして、その前提となるレバノンの状況についてはあま
り語られることはなく、基本的なことを知らないとなかなか状況を
理解するのが難しいものだった。
それでもファイルーズの歌声はよかった。民族的というか、その
土地の人々のソウルを感じさせる歌声で、曲調はどこか民謡や演歌
を連想させる素朴だが力強いものだ。
キリスト教徒イスラム教の対立により内戦がおき、今もその対立
が続いているレバノンで、キリスト教徒であるファイルーズは宗派
を超えて愛されているらしい。そのことを見ながら、もっとレバノ
ンについて知りたいし、知らなければならないと感じた。映画がレ
バノンの状況についてもっと説明してくれたほうがよかったとは思
うけれど、こうやって映画がきっかけになって何かアクションを起
こすというのも、映画が単なる娯楽ではなく社会とかかわるものだ
ということの証左であるだろう。
私にとってはこの映画は未知のものに触れる機会であり、その道
だったものをさらに知りたいと思わせる誘引となった。レバノンに
ついて、そしてファイルーズについてた小なりとも知っている人が
見たならば、この映画はどのように映るのだろうか。ここに登場し
たドルーズ派やシリア正教、レバノンとイスラエル、シリアとの関
係についてもう少し勉強してからもう一度見てみてもいいかもしれ
ない。
というわけで、まずはレバノンという国の状況と内戦について調
べてみる。これは映画そのものとは関係ないけれど、ぜひ興味を持っ
て読んで欲しい。
レバノンは第1次大戦後、フランスの委任統治かとなったシリア
からキリスト教徒の多い地域が切り離されてできた。第2次大戦後
に独立、キリスト教マロン派、イスラム教ドルーズ派を中心にイス
ラム教スンニ派、シーアは、キリスト教ギリシャ正教徒などからな
る多宗派国家となった。独立後しばらくは各宗派の勢力均衡に基づ
いた一応の平和が保たれていたが、1970年にPLOがヨルダンを追放
され、レバノンに大量に流入してくるとPLOに対抗できないレバノ
ン政府はPLOに事実上の自治地域を提供、これがイスラエルの反感
を買い、イスラエルの攻撃を受ける。この事態に対してマロン派を
中心とする保守派はイスラエルとの強調を主張、大してドルーズ派
を中心とするイスラム勢力はイスラエルとの対立を主張して対立が
激化、1975年についに内戦に発展した。
1975年4月、ベイルート市内でキリスト教徒とPLO支持者の武力衝
突が発生、これを機に戦争状態に入ったベイルートは東西に分裂、
市の中心に「グリーン・ライン」と呼ばれる分離帯が築かれた。イ
スラム側が内戦を有利に進める中、イスラム左派の過激路線を危惧
したシリアがレバノンに侵攻、内戦は沈静化に向かう。しかし、キ
リスト教マロン派内ではシリアに対する反発が強まり、マロン派、
ドルーズ派+PLO、シリア軍の3者が対立する事態となる。マロ
ン派はこの事態の打開のためイスラエルの介入を要請、1978年イス
ラエル軍が進行し、シリア軍を駆逐した。イスラエルは傀儡政権を
立てて撤退するが、その後もレバノンを巡るシリアとイスラエルの
対立は続き、1982年再び本格的な戦闘が始まる(レバノン戦争)。
この戦争に対してはアメリカ、イギリスを中心とする多国籍軍が
介入、戦闘は一時的に沈静化するが、何戦の火は消えず、対立は細
分化し、テロや小規模の戦闘が繰り返されるようになって泥沼化の
様相を呈する。この内戦と、政治的駆け引きは約10年間続くが、19
88年にアミン・ジェマイエル大統領(マロン派)の人気が終了となっ
たのを機に、マロン派は反シリアのアウン軍事政権を立て、シリア
はそれに対抗する形でムワアド大統領政権を立てる。
1989年、湾岸戦争にシリアが派兵、この見返りとしてアメリカは
シリアにレバノン内戦終結を一任する。これに勢いを得たシリアは
90年にマロン派政府軍を掃討、シリアは穏健なマロン派キリスト教
徒であるエリアス・ハラウィを大統領に立てて、キリスト教・イス
ラム教双方を取り込んだ挙国一致の政府を樹立する。これによりレ
バノンには平和が戻るが、ヒスボラとイスラエルとの戦闘など局地
的な戦闘はやまなかった。そんな中、2000年にはイスラエルが撤退、
2005年にはシリアが撤退し、レバノンはついに外国勢力から自由に
なった。しかし、2006年にはヒズボラの兵士を拉致への対抗措置と
して空爆を含めた大規模な軍事行動を展開、国連の介入により3ヶ
月ほどで撤退したが、まだまだ戦争の火種は消えていない。
ちなみに日本はレバノンの情勢に対しては静観の構えで、WHOや
WFPを通じた人道的支援を除いては積極的な関与の姿勢は見せてい
ない。
レバノンの状況は本当に混沌としていて、平和ボケした日本人の
頭ではなかなか理解できない。このまとめもおそらく間違いや過不
足が多くあると思うので、間違いなどがあったらぜひ教えてくださ
い。
□ ヒビコレリンク
レバノン内戦に関する情報
ウィキペディア
special warfare net
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:愛しきベイルート/アラブの歌姫>
<今日のお勧め>
ファイルーズのCD
レバノン情勢に関する参考書








