http://www.cinema-today.net/
2日間で8本見ました。
特別招待作品ってやつは、1回こっきりの上映でしかもすぐ
公開するので、やはり有料試写会って感じでしたが、それ以
外は映画祭らしい雰囲気があっていいですね。ティーチイン
などもあって楽しめます。
今日は麻生久美子が出演したイラン映画『ハーフェズ ペル
シャの詩』です。こちらは公開が決まっていますが、かなり
限定公開となりそうな感じ。
上映は明日25日の15:50からあります。
平日の昼間ですが、ジャリリ監督と麻生久美子さんのティー
チインもあるようなので、都合の付く方はぜひどうぞ。
http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=11
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
ハーフェズ ペルシャの詩
□ ヒビコレリンク
□ DVD今日の買い!
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■ 今日の映画 − ハーフェズ ペルシャの詩
--cinema2079------------
ハーフェズ ペルシャの詩
Hafez
2007年,イラン=日本,98分
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<キャスト&クルー>
監督 アボルファズル・ジャリリ
脚本 アボルファズル・ジャリリ
撮影 アボルファズル・ジャリリ
音楽 ヤンチェン・ラモ
アボルファズル・ジャリリ
キャスト メヒディ・モラディ
麻生久美子
メヒディ・ネガーバン
ハミード・ヘダヤティ
アブドッラー・シャマシー
<評価>
☆☆☆1/2(満点=5)
<プレヴュー>
コーランの暗誦に才能を発揮する青年シャムセディンは、詩への
傾倒や教義の解釈に疑問をさしはさまれるが、40日間の修業の後、
ハーフェズ(暗誦者)の試験を受けることを認められ、見事ハーフェ
ズとなった。そして、チベットから帰国したモフティ師の娘ナバー
トの家庭教師に任命されるが、ハーフェズはナバートに恋をしてし
まう…
イランを代表する映画監督のひとりジャリリが麻生久美子を迎え
て撮った作品。ハーフェズは今もイランの人々に愛される実在の詩
人である。
<レビュー>
この徹底したアンチクライマックス、何かが置きそうな気配があ
り、実際に何かが起きるのだけれど、そこにドラマティックな展開
はなく、時の部分と同じように流れていく不思議さ。たとえば、苦
労して500枚のパンを手に入れたハーフェズが、それをトラックで
運び帰る途中、同じような袋を持った一団が乗ってくる。これは何
かあるなと思うと、案の定ハーフェズが寝ている間にその男達が袋
を一緒に持ち去ってしまう。しかし、この作品はその展開をさらり
と見せ、後でハーフェズが探しに行くシーンはあるが、彼も簡単に
あきらめただ一度大声を上げるだけで、そのシーンは幕を閉じる。
そしてそのようなアンチクライマックスの出来事の反復がこの映
画を規定する。何かは起きるが、そのどれもが物語に対して決定的
な役割は果たさず、全体を大まかに見ればただ同じようなことが繰
り返されているだけにも見えるような展開の仕方をするのである。
このようなアンチクライマックスはこの映画特有のものではない。
他のジャリリ映画、そして他のイラン映画にもよく見られるものだ。
イラン映画の名作といわれる作品の中にはこのような反復によって
リズムを作り、それが作品の味わいを生むというものが少なくない。
たとえばキアロスタミの『友だちの家はどこ』のジグザク道、マフ
バルバフの『サイクリスト』の自転車で回る広場、それらは果てし
ない反復を文字通り表現するものだ。
なぜそうなのか、というよりはどうしてそのような作品が次々と
生まれるのかと考えてみると、それはこの反復がどこかでコーラン
の詠唱と重なり合うのではないかと思えてくる。この作品でもたく
さんの大人や子供がひとところに集まって詠唱しているシーンが何
度か出てくるが、コーランは聖書のように読んでその意味を解釈し
たり考えたりするものではなく、繰り返し唱えるものなのだ。コー
ランは神の言葉そのものであり、それは解釈すべきものではない。
それは唱えることによってそこに何かが宿るものなのである。
その詠唱の反復と映画における反復、これはどこかでつながって
いる。物事が反復され、そこにクライマックスがないという映画の
状態はコーランと似て、その反復に何かが宿る、あるいはそこから
何かが浮かび上がってくるものなのだ。ハーフェズの旅は鏡を拭い
てもらうこととそれに対するお礼の反復からなる。彼はその反復か
らそのたびの意味を理解していき、それを追うシャムセディンもそ
の反復から自分自身を見出していくのだ。
その単調な反復はもちろん退屈だ。しかしその退屈の仲からひそ
やかに浮かび上がってくる“意味”は与えられたものではなく、そ
れぞれが自ら見出したという意味で貴重なものだ。だから、敢えて
その意味をここには書かないが、一言で言うならば、彼の旅はやは
り愛を求める旅であったということだ。そしてそれは愛想のものの
意味を問う旅でもあったのだ。
さて、このイラン映画に突然入り込んだひとりの日本人、麻生久
美子についても書かなければならないだろう。そもそもはカンヌ映
画祭で『カンゾー先生』を見たジャリリ監督がほれ込み、5年越し
のオファーで出演が実現したということで、ありがちな日本でのヒッ
トを狙った作戦というわけではないようなのだが、しかしやはり日
本であるいは日本人としてみる以上、これは避けては通れない問題
だ。
結論から言うと、違和感がある。どうしてもイラン人の中に日本
人が一人いるという印象は否めず、いくらイランが多民族国家であ
るといっても無理があると思ってしまう。特に、彼女の発する言葉
はどうしても日本語的なイントネーションで、強弱のはっきりした
イラン人の発生とは明らかに異なっている。
ただ、だから駄目かというとそうでもないとも思う。彼女が抱え
る違和感は同時に彼女の特別さにもつながっている。彼女の存在感
と透明感はジャリリ監督がほれ込んだというだけあってこの作品世
界の中で異彩を放っている。それはハーフェズとシャムセディンに
とってのイコンであることの説得力を十分に持つものだ。
もしかしたら、これは日本人であるから気になることなのかもし
れない。彼女のことを知らないイラン人やヨーロッパ人にはさほど
問題にならないのかも知れないとも思うのだ。
その違和感を差し引いてもこの作品はいい作品だと思う。ジャリ
リ監督はいい作品を撮るのだが、今ひとつ代表といえるものがない
中で、この作品は代表作になるのかもしれないという予感がある。
そしてハーフェズを演じたメヒディ・モラディも国際的なスターに
なりうる可能性を感じさせた。
□ ヒビコレリンク
ジャリリ作品からいくつか
『かさぶた』
『ぼくは歩いてゆく』
『少年と砂漠のカフェ』
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:ハーフェズ ペルシャの詩>
『ハーフェズ ペルシャの詩』のTIFFでの上映情報はこちら
http://www.tiff-jp.net/ja/lineup/works.php?id=11
<今日のお勧め>
麻生久美子出演作を




















