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寒いですね。
こう寒いとやはり暖かい飲み物でも飲んでほっとしたくなります
が、先日やっとこさ電気ケトルを買いました。
ティファールではなくラッセル・ホブスにしたのですが、その理
由は、見た目がいいのと、ステンレスというのと、注ぎ口が細い
ことですね。
注ぎ口が細いのは、コーヒーを手で入れる私にはとてもいいです。
それから、注ぎ口が下のほうについているのでポットをあまり傾
けずに注ぐことができて、楽です。
大容量1.7リットルというのもありまして、こちらもなかなかしゃ
れたデザインです。オフィスなんかにいいかもしれません。
とにかく、沸くのがはやいのがいいですね。電気ポットはもちろ
ん、ガスよりも早いと思いますよ。
ティファールでいいやという方はこちら
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
マッチポイント
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■ 今日の映画 − マッチポイント
--cinema2120------------
マッチポイント
Match Point
2005年,イギリス=アメリカ=ルクセンブルグ,124分
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<キャスト&クルー>
監督 ウディ・アレン
脚本 ウディ・アレン
撮影 レミ・アデファラシン
音楽
キャスト ジョナサン・リス・マイヤーズ
スカーレット・ヨハンソン
エミリー・モーティマー
マシュー・グード
ブライアン・コックス
<評価>
☆☆(満点=5)
<プレヴュー>
元テニスプロのクリスは高級テニスクラブでコーチを始める。そ
こで知り合った裕福な家の息子トムと親しくなり、その妹クロエと
付き合い始める。しかし、トムの家で彼の婚約者ノラと出会い、彼
女に惹かれてしまう…
ウディ・アレンがニューヨークを離れ、ロンドンで撮影を行った
サスペンス・ドラマ。かなり単調な作品だが、その裏にスリルを感
じさせるものがひっそりとある感じ。
<レビュー>
前半はかなり退屈だ。元テニスプロの若者が金持ちの息子と懇意
になって、その妹と付き合いながら、その婚約者に惚れる。そこで
は何かが起こりそうなのだけれど、何も起こらない。そんな感じの
まま1時間ほどが過ぎていく。
ただ、その中で目を引くのは、序盤に主人公が読んでいる『罪と
罰』と、それに関してクリスがはじめてトムの家に行ったときにト
ムの父親がクリスに関して発する「ドストエフスキーの新たな解釈
が…」という言葉だ。この二つの言及によって、『罪と罰』とその
新たな解釈がこの作品に何らかの意味を持つことが明らかにされる。
それならば『罪と罰』を読んだことがあれば、どこかで殺人がおき、
それが物語を展開していくことになるだろうと予想することになる。
それによってこの物語は何も起こらない退屈なものでありながら、
何かが起きるという緊張感を常に孕んだものとなりうる。
もうひとつ、極端に少ない音楽の使い方も緊張感を生む。この作
品で使われる音楽は、オペラのみで、それもかなり短いフレーズが
短い場面のBGMとして使われるだけだ。このような使われ方をす
ると、音楽は(意識的にしろ無意識的にしろ)注意の対象となり、
音楽がかかるシーンに意味が与えられる。
このような周到な構成によって観客の興味を何とかつなぎとめ、
最終的にはやはり殺人が起きる。『罪と罰』でラスコーリニコフは
老婆を殺そうとして、そこに居合わせた妹を殺してしまったが、そ
れと外見的には同じようなことがここでも起きる。
果たしてこの物語はやはり『罪と罰』の解釈に、ウディ・アレン
版『罪と罰』になるわけだが、これがもしウディ・アレンの解釈だ
としたら、ウディ・アレンはまったく持って鼻持ちならない人間だ
ということになる。この作品と『罪と罰』に共通しているのは主人
公の身勝手さである。身勝手な主人公が殺人を犯す。しかし、決定
的に違うのは、ラスコーリニコフが身勝手ながらある種の信念を持っ
ていたのに対して、クリスはあくまでも卑近な理由で人を殺すとい
う点だ。傲慢さと罪と罰と、その結びつきが決定的に異なっている
のだ。それによってこの物語は『罪と罰』と似てはいるが、完全に
似て非なる物語となっている。そこには苦悩はなく、保身と悪運が
あるだけだ。その物語があとに残すのは、“運”という現代人を翻
弄する悪しき神だけだ。
ただ、私にはこれがウディ・アレンの『罪と罰』の解釈だとは思
えない。ウディ・アレンはひねくれて入るが悪人ではない。私はわ
ざわざ彼がイギリスで、上流階級を題材にこのような物語を撮った
からには、この作品はそのイギリスの上流階級に対する皮肉である
はずだと思う。主人公のクリスは上流階級にあこがれるアイルラン
ド出身の田舎者、その彼が取る行動は上流階級の暗部を照らし出す。
そして、その別世界に送り込まれたウディ・アレンの世界からの使
者スカーレット・ヨハンソンは明確に対立することでその世界の醜
さを明らかにする。さらに、不自然な土砂降りや、明らかに作りも
のの雪によって、映画全体を作り物じみた感じにすることによって、
それが描く世界の誤謬と欺瞞をほのめかすのだ。
つまり、ウディ・アレンは『罪と罰』を使い、そのイギリス上流
階級流の解釈(と彼が勝手に解釈するもの)によってそのイギリス
上流階級を皮肉るのだ。彼らが体面を保つために殺すもの、それを
クリスの殺人によって明らかにする。彼らは自分たち以外の者の犠
牲と悪運によって、その高慢な体裁を保っている。そんな彼らの姿
をウディ・アレンは描こうとしたのだろう。
わざわざ『罪と罰』なんという思わせぶりなモチーフを持ち出し
て、作り物の解釈を提示し、結局何も言わない。本当にウディ・ア
レンはひねくれている。しかし、それが彼の作品に他の映画にはな
い何かをもたらしているのだとも思う。興味深いけれど好きにはな
れない。私にとってウディ・アレンはそんな人だし、この作品もそ
んな作品だった。でもある瞬間に好きになることもあるのかもしれ
ないなどとも思う。
□ ヒビコレリンク
『罪と罰』のあらすじなど
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:マッチ・ポイント>
<今日のお勧め>
当然ウディ・アレンですが。











