http://www.cinema-today.net/
ちょっと前だと思いますが、日本のワインがヨーロッパに輸出
されることになったというニュースがありました。
http://www.sannichi.co.jp/local/news/2008/01/19/5.html
EUの基準はなかなか厳しいそうで、日本のワインもそれだけ
質が上がったということなんでしょうね。地産地消ということ
を考えても、日本のワインってのも気になりますね。
ちなみに、輸出が認められたワインというのはこちら
他にもdancyuのこの本を見て気になったのがいくつか。
甲州シュール・リーという葡萄がよさそうです。
・原茂
・勝沼
もうひとつはその名も「農民ドライ」、こちらは北海道。
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
すべての些細な事柄
□ ヒビコレリンク
□ DVD今日の買い!
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■ 今日の映画 − すべての些細な事柄
--cinema2143------------
すべての些細な事柄
La Moindre des Choses
1996年,フランス,105分
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<キャスト&クルー>
監督 ニコラ・フィリベール
撮影 カテル・ジアン
ニコラ・フィリベール
音楽 アンドレ・ジルー
キャスト ラ・ボルドのみなさん
<評価>
☆☆1/2(満点=5)
<プレヴュー>
鬱蒼とした森の中にある診療所、精神科のクリニックであるラ・
ボルド診療所では患者たちによる演劇の準備が進められていた。患
者と職員は一緒にセリフを練習し、歌を歌い、楽器の練習をする。
患者も医者も看護人も普段着で過ごすこの診療所でみなで劇を
作り上げていく様子を映す。フランスでは半年のロングランとなり、
ゴダールにも賞賛されたというドキュメンタリー。
<レビュー>
この作品は非常に散漫だ。舞台が精神科のクリニックで、患者た
ちを中心に何か劇を上演しようとしているというのはわかる。それ
は患者然とした人が出てきたり、薬が用意されていたりすることか
らわかるのだが、このクリニックでは患者も医師も看護人もいわゆ
るコスチュームを着てはおらず、ぱっと見では誰が患者で誰が職員
なのかわからない。だから、ここで何が起こっているのか、という
ことが良くわからないのだ。
それもおそらくこのクリニックの治療の方針なのだろう。患者と
思われる人が交換手をしていたり、患者同士が助け合っているのを
見ると、その方針も有効なのだろうと思える。このフランスの田舎
にあるクリニックはドゥルーズとの共著で知られるフェリックス・
ガタリと精神科医のジャン・ウーリーが設立したクリニックである
らしい。柵などの境界のない広い敷地にお城のような建物が建つこ
のクリニックはファンタジーの世界であるかのような印象も与える。
そして、ここの職員たちの患者に対する態度は温かく、医者/看
護人と患者というよりは一緒に暮らす仲間という印象を与える。フィ
リベールは長編デビュー作となった『パリ・ルーブル美術館の秘密』
でルーブルを“村”にたとえたように一種の(仮想的な)共同体を
対象として映画を作るのを得意としているようだ。
この作品も精神科のクリニックを舞台としているが、精神病が問
題なのではなく、そこにいる人々が主人公であり、精神病という病
を抱えていて、社会からは阻害されていても、この共同体の中では
一定の役割を与えられ、その一員として生活しているということを
描いている。フィリベールはその共同体に入り込み、しかしそこの
人々とは微妙な距離感を保ちながら、人々に暖かい視線を注ぐ。そ
のまなざしが心地よく、観客をひきつけるのだ。
ただ共同体に入り込むがゆえに、その共同体の質によって映画の
全体のムードも変わってくる。共同体とはいえ、それぞれが気まま
というかばらばらに振舞っているこの診療所を描いたこの作品のムー
ドは散漫なものになる。小さな小学校を描いた『ぼくの好きな先生』
は非常に緊密なムードになる。
そのムードを伝えるというのも面白いとは思うのだが、ここまで
散漫になってしまうと戸惑いと退屈さがない交ぜの印象になってし
まい、映画としてはいまひとつひきつけられないといわざるを得な
い。対象となる共同体のムードを伝えながらも、作品としてはしっ
かりとまとまったものにするというやり方ができたら、この作品も
非常にすばらしいものになったのではないかと思う。
このニコラ・フィリベールというドキュメンタリー作家の独特の
作り方は面白いとは思う。映画というのは基本的にカメラと観客の
視線が同一化されるので、作り手の一人称の語りでない限り、観客
の傍観者としての地位を犯さないように慎重に映像が組み立てられ
るものなのだが、この人の作品ではずっと傍観者として映画を見れ
ていたのに、映っている人たちが急にカメラのほうを見たり、突然
フィリベール自身が発言したりして、その均衡を破る。
これは違和感を感じさせるわけだが、この違和感は彼が被写体と
なる共同体の中に入り込んでいることの表明でもあり、同時に観客
を巻き込むための戦略でもあるだろう。それがもっと洗練されてい
けば、予想もできないほど面白い作品が生まれてくるかもしれない。
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:すべての些細な事柄>
『すべての些細な事柄』のDVDは未発売です。
ビデオはあります。
<今日のお勧め>
数は少ないですが、ニコラ・フィリベールを。




























