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昨日ニュースを見ていたら、横綱審議委員の内館牧子さんが、
インタビューをしようとした取材陣に「わたしの本を読んでく
ださい」と言っていました。
この本↓
のことだと思いますが、一応公の委員会の委員なんだから、
本を読んでくださいじゃなくて、一言二言答えるのが普通なん
じゃないかと思いませんか?
朝青龍の品格をうんぬん言うんだったら、まず自分の態度をしっ
かりと省みて欲しいものです。人のふり見て我がふり直せって
ね。そこまでして本を売りたいのかね。
と書いてる私もわが身を省みなければ。
ファンの人がいたらごめんなさい。ただの独り言です。
-------- 目次 --------
■ 今日の映画
ヴィトゲンシュタイン
□ ヒビコレリンク
□ DVD今日の買い!
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■ 今日の映画 − ヴィトゲンシュタイン
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ヴィトゲンシュタイン
Wittgenstein
1993年,イギリス=日本,75分
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<キャスト&クルー>
監督 デレク・ジャーマン
脚本 デレク・ジャーマン
テリー・イーグルトン
撮影 ジェームズ・ウェランド
音楽 ジャン・レイサム=ケーニック
キャスト クランシー・チャセー
カール・ジョンソン
マイケル・ガフ
ティルダ・スウィントン
<評価>
☆☆☆(満点=5)
<プレヴュー>
天才的な哲学者として知られるヴィトゲンシュタイン、オースト
リアに生まれ、ケンブリッジで学んだ彼の人生はどのようなものだっ
たのか。
鬼才デレク・ジャーマンがヴィトゲンシュタインの一生を描いた
伝記映画。黒い背景の前で人々が演じる演劇のようなスタイルで、
緑の火星人を登場させるなど幻想的な演出もくわえたデレク・ジャー
マンらしい作品だが、ヴィトゲンシュタインの思想をしっかり伝え
ようという意欲も感じられ、比較的見やすい作品となっている。
<レビュー>
ヴィトゲンシュタインという天才をデレク・ジャーマンという鬼
才が映像にする。難解なヴィトゲンシュタインの思想を、難解なデ
レク・ジャーマンの映像で解釈する。このような映画が凡人には理
解出来ない難解な映画になるであろうことは想像に難くない。そう
思ってついつい敬遠してきたのだけれど、もしかしたら難解さと難
解さが出会ったとき、そこにまったく違うわかりやすさが生まれる
こともあるのかもしれないと期待して作品を見てみた。
序盤ははっきり言ってまったくわけがわからない。ヴィトゲンシュ
タインの少年時代について語られ、片手のピアニストの兄や画家の
姉が登場、少年ヴィトゲンシュタインの苦悩が語られ、話し相手あ
るいは哲学問答の相手として緑色の火星人が登場する。しかも、映
像はずっと真っ暗な舞台の上に登場人物だけがいて、そこにスポッ
トライトが当たっているようなもので、場面設定を説明するような
ものも一切ない。そして、ヴィトゲンシュタイン少年のひとり語り
はまったく難解で、そもそも何が話題になっているのかすらわから
ない。
しかし、中盤に差し掛かり、ヴィトゲンシュタインとバートラン
ド・ラッセル(ヴィトゲンシュタインの先生となる哲学者)とメイ
ナード・ケインズ(あの有名な経済学者ケインズ、ケンブリッジの
同僚)を中心に展開されるようになると、だんだん面白くなってく
る。特にヴィトゲンシュタインのセミナーで彼が自分の思想を説明
することで、観客にも彼の考え方が多少ではあるが伝わってくる。
言葉やコミュニケーションの問題、その問題はヴィトゲンシュタイ
ン自身の存在の可否にまでかかわってくるような問題なのだ。
それでももちろん、この映画で語られるのは果てしなく哲学の問
題だ。哲学的な素養な必要とは思わないが、哲学的な姿勢が少なか
らずないと見るのはつらいかもしれない。しかし、この映画を見な
がらボーっと考えていると、生きて言葉を扱うこと自体が一種の哲
学的な姿勢であり、人と何らかのコミュニケーションを取っている
人が哲学的ではないということはありえないという気になってくる。
哲学というのはごく当たり前のものであって、それを難しくしてい
るのは哲学者なのだ。
ならば、生きることに対して多少なりとも意識的でなければこの
映画を見るのはつらいかもしれないと言い換えようか。この作品に
はデカルトとかフロイトとかいろいろな名前が出てきて、それを知
らないと作品が理解できないようにも思えるが、根幹のところでは
それは関係ない。問題なのは、ヴィトゲンシュタインがいったい何
に悩んでいるのかということだろう。不意に考え方を変えたり、労
働者になろうとしたり、果ては自殺をしようとしたりするヴィトゲ
ンシュタインの苦悩の根本にあるものが何であるのか、それを考え
ようとすることがこの映画を「見る」ということなのではないかと
思う。
私はヴィトゲンシュタインの思想にはまったく親しみがないが、
言葉やコミュニケーションという問題については大いに興味がある。
この作品を見て、彼が言葉ともの関係について語り「自然だ」とい
う考え方について太陽と地球の関係(太陽が地球の周りを回ってい
ると考えるほうが「自然」だが、事実は地球が太陽の周りを回って
いるのだ)を持ち出して説明するそのスタンスに興味を覚える。こ
の文章を成り立たせている言葉という記号は、果たして読む人に何
を伝えているのか。あらゆる人々が日常に発する言葉は聴く人に何
を伝えているのか。そんなことを考え始めると、まったくきりがな
い。
デレク・ジャーマンはそんなヴィトゲンシュタインの思想の根本
を伝えるという目的のために、映像を限りなくシンプルにしていっ
たのではないかと思う。これが普通の映画のように部屋の中や街の
中で演じらる劇だったとしたら、そこに映り込むあらゆるものが記
号としての意味を持ち、セリフとして発せられる言葉の意味を薄め
てしまう。それを避けるために背景も音楽もすべてをそぎ落として
いった。そんな風に思えてならない。
□ DVD今日の買い!
<今日の作品:ヴィトゲンシュタイン>
<今日のお勧め>
ウィトトゲンシュタインを読む?









