2008年03月06日

ウディ・アレンの重罪と軽罪

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アメリカの大統領予備選はさらに混迷を極めていますが、ヒラ
リー、オバマどちらも資金はまだまだ潤沢なようです。
参考記事
やはり今回も金をたくさん集めた人が勝つことになるんでしょ
うか…
参考図書

日本でも直接選挙による首班選出なんて話がありますが、アメ
リカを見ていると、必ずしもそれがいいとは思えなくなります。
なんといっても石原慎太郎が10年近くも首都の首長を務めてい
る国ですから… 福田でもまだましか。

さて、閑話休題。段々暖かくなってきましたが、薄着になりつ
つなる今、話題なのがハイヒールを履いたときに愛への負担を
劇的に減らすインソール「インソリア」
というものだそうです。

ハイヒールを履かざるを得ない人、ハイヒールは履きたいけれ
ど足が痛いからいやだという人、お試しください。

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-------- 目次 --------

■ 今日の映画
 ウディ・アレンの重罪と軽罪

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■ 今日の映画 − ウディ・アレンの重罪と軽罪


--cinema2167-----------

 ウディ・アレンの重罪と軽罪

 Crimes and Misdemeanors
 1989年,アメリカ,103分


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<キャスト&クルー>

監督 ウディ・アレン
脚本 ウディ・アレン
撮影 スヴェン・ニクヴィスト

キャスト ウディ・アレン
     マーティン・ランドー
     ミア・ファロー
     アラン・アルダ
     キャロライン・アーロン
     アンジェリカ・ヒューストン

<評価>

☆☆☆☆(満点=5)


<プレヴュー>

 パーティーでスピーチをすることになった眼科医のローゼンター
ルは浮気相手のことが気になっていた。彼女は妻に宛てて告白の手
紙を書いていたのだ。一方売れない映画監督のジューダは売れっ子
プロデューサである妻の兄のパーティにいやいや出席、そこで彼の
密着ドキュメンタリーの監督をするよう説得されるが、彼はその仕
事を軽蔑していた。
 ウディ・アレンが日常に潜むさまざまな“罪”を描いたブラック・
コメディ。彼らしい皮肉が洗練された形で表現された作品。彼の傑
作のひとつ。


<レビュー>

 映画の序盤の展開が非常にうまい。金持ちそうな老若男女が集まっ
たパーティーのシーンから始まり、その主役であるローゼンタール
の回想シーンに。そこで彼の悩みが明らかにされ、しかしそれでも
うまくスピーチをさせて、彼のステータスと体面というものを重視
する性格をさらりと表現する。そして場面は変わってウディ・アレ
ンが登場。映画館に少女とふたりで座って、今回もロリコン精神む
き出しかと思いきやこれが姪。続いて妻との会話で彼が売れない映
画家督で、商業主義の妻の兄を嫌っていることを示すことで、彼の
少年っぽいが理屈っぽい性格を表現する。
 この一連のシークエンスはあまり言葉に頼らずに舞台設定を見事
に説明している。ウディ・アレンの映画というと小難しい言葉が並
んだり、詩による比喩が持ち出されたりと言葉に拘泥するイメージ
が強いが、しかしさすがは一流の映画作家であるだけに、まずは映
像ありきなのだということがよくわかる。
 そしてその姿勢は作品に一貫して見られる。もちろん詩が持ち出
されたり、小難しい言葉が使われたり、わかりにくいジョークがあっ
たりはするけれど、ベースラインでは映像が雄弁に語り、フレーミ
ングや表情で多くのことが表現される。
 物語のほうはといえば、ローゼンタールの物語とジューダの物語
が平衡して描かれる。基本的にはローゼンタールの物語が“重罪”
を、ジューダの物語が“軽罪”を描いているということになるわけ
だが、そのふたりが最後に出会うとき浮かぶのは最高にシニカルで
ブラックな片頬がぐにっと持ち上がるような笑いである。
 ユダヤ教をかなり前面に打ち出して、宗教的な罪と赦しを明示的
に描くことでテーマが重くなりがちだが、それをユーモアに昇華す
ることで重いテーマを軽く捉えることができるようになっている。
とくにローゼンタールが生家を訪れて昔の食事の風景を思い起こす
ところなどは、宗教的な罪と赦しというテーマだからといって必ず
しも深刻にならなくてもいいのだということを見事に表現していた。

 私が今まで見たウディ・アレンの作品の中でも屈指の面白さだと
思うが、それはおそらくこの作品が物語性を強く押し出し、私が何
よりも物語が好きだからだろう。
 この作品でも他の作品でも彼の人間に対する姿勢、人間の描き方
は一貫していて、それはどこか落ち着かないというか散漫なところ
があるけれど、この作品は物語によってそれをうまくまとめていて、
それが面白いのだろう。登場するのは相変わらずどうしようもない
大人たちばかりだけれど、人間なんて所詮そんなものなのだ。その
ことは私も同意するけれど、やはりどうしようもない人たちが登場
してどうしようもないことばかりをする散漫な話というのは退屈だ。
それを物語でまとめれば、そのどうしようもない人たちが生きてく
る。
 この物語が結局何か教訓的なことを言っていたりするかといえば
そんなことは無いのだけれど、なんだか妙に納得できる話ではあり、
人間や人生や社会なんてこんなものだと思える。ジューダが撮りた
めたという設定の哲学者ルイス・レビーなる人物の語りも非常に効
果的だ。彼の言葉は印象に残り、説得力もあるが、最後には彼もブ
ラック・ジョークのネタにされてしまう。
 クラシックなハリウッド映画がいろいろ登場するのもマニアには
楽しい。私が気づいたところのはヒッチコックの『スミス夫妻』く
らいだったが、ウディ・アレンの映画への愛がここにも表れていて、
意図的に映画的な作品にしたのではないかという気もしてくる。




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2008年03月04日

ヴォイス・オブ・ヘドウィグ

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■ 今日の映画
 ヴォイス・オブ・ヘドウィグ

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■ 今日の映画 − ヴォイス・オブ・ヘドウィグ


--cinema2166-----------

 ヴォイス・オブ・ヘドウィグ

 Follow My Voice: With The Music of Hedwig
 2006年,アメリカ,101分


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<キャスト&クルー>

監督 キャサリン・リントン
撮影 ジョエル・ポメロイ

キャスト ジョン・キャメロン・ミッチェル
     オノ・ヨーコ
     ヨ・ラ・テンゴ
     ベン・フォールズ
     ザ・ブリーダーズ
     ジョナサン・リッチマン
     ルーファス・ウェインライト
     フランク・ブラック
     ザ・ポリフォニック・スプリー
     スリーター・キニー

<評価>

☆☆☆☆(満点=5)


<プレヴュー>

 ミュージカルから映画となりヒットした『ヘドウィグ・アンド・
アングリーインチ』このトリビュート版を作ろうという企画が持ち
上がった。収益はニューヨークにある性的マイノリティの若者達が
集まる学校ハーヴェイ・ミルク校を運営する協会に寄付されること
となって、次々とアーティストが参加する。
 オノ・ヨーコやベン・フォールズといったアーティスト達の収録
風景とハーヴェイ・ミルク校の生徒達の生活を平行させて描いたド
キュメンタリー。音楽の力を感じさせる感動作。


<レビュー>

 このところ、映画を見ながら音楽の力を感じさせることが結構あ
る。映画というのは映像と音からできているものだけれど、音より
も視覚のほうが強く働きかけるし、映像が物語を構築していくこと
が多いから音というのはあくまでも脇役だったり、あくまでも補助
的な役割しかしないということが多い。
 しかし、ミュージカル映画では音楽は主役になる。音楽が物語を
つむぎ、映像はそれを補助する役割になるのだ。ただ、下手なミュー
ジカル映画というのは補助的な役割である音が無駄にしゃしゃり出
ているだけで結局映像の力に打ち勝つことができず、映画としての
バランスを崩してしまうことになる。本来しゃべるべきところを歌っ
ているだけの映画、それはミュージカル映画ではない。

 この作品はミュージカル映画ではない。しかし、トリビュート版
の収録風景を記録し、その音楽を前面に押し出し、ハーヴェイ・ミ
ルク校の生徒達の生活風景の背景にも流し続ける。これによって音
楽が強く主張する。この作品の主役はあくまでも音楽なのである。
音楽が人々を救うとか、そういったことを声高に主張するわけでは
ないが、『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』の音楽と子供
達の生活がシンクロし、そこから強いメッセージが浮かび上がって
くるのだ。
 それは、半端者でもいいということ。社会から疎外されても強く
生きればいいということだ。その生き方こそがロックであり、人生
はロックなのだ。ヘドウィグは男でも女でもなく、男と女からなる
社会から完全に疎外された。しかし彼/彼女は存在し続けることに
よってすべての人たちに訴え続ける、境界という恣意的に引かれた
線の無意味さを。
 ここで歌われる歌はそのことを歌い、ここに登場する生徒達はそ
れを生活で実践する。家族の無理解、同級生によるいじめ、それら
は彼らに暗い影を落とし、逃げ場を求めさせる。ハーヴェイ・ミル
ク校は彼らの逃げ場であると同時に新しい出発の場だ。同じように
社会から逃げざるを得なかった仲間達が自分を取り戻し、再び社会
に立ち向かうために準備する場所、その彼らの生き方はヘドウィグ
と重なり、歌われる歌はまるで彼らを歌っているかのようだ。

 映画の最後にはプロデューサー自身が曲を聞きながら涙を流し、
正式に高校として認められたハーヴェイ・ミルク校の初日の映像で
は賛成、反対双方のプラカードをもった人たちが学校の前に結集す
る。見ているとさまざまな思いが巡り、さまざまな感情が沸き起こ
る。
 面白い映画というのは映像によって比較的容易に作ることができ
ると思うが、感情を揺さぶる映画には音楽が深く関わっている場合
が多い。音楽というのは映画においても生活においてもそれだけ力
を持っているのだ。この映画を見て思ったのは、ロックな生き方を
しなきゃいけないということだ。ロックとは反抗的なだけではなく、
弱者へのまなざしをも持った思想になったのだなどと考えたりした。
 そして、ここで作られたトリビュート版も聞きたくなるし、オリ
ジナルのサウンドトラックも聞きたくなる。もちろん映画のほうも
もう一度見たくなった。



□ ヒビコレリンク

 『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
  



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2008年03月03日

東京オリンピック:市川崑監督特集

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今日はひな祭りですが、耳の日で、民放ラジオの日だそうです。
3月ってのはひな祭りがあるせいか女性の月というイメージが
なんとなくあります。
ホワイトデーもあるしね。

もうホワイトデーの準備をしなければいけませんね。
男性がホワイトデーを楽しむというのはなかなか難しいですが、
スウィーツではとりあえずこんなんが人気みたいですよってことで。

ちなみに、女性がホワイトデーに欲しいもの1位はジュエリー
そうです。別にホワイトデーじゃなくてもそうだろうけどね。
2位以下も気になりますね。
ちなみに、義理チョコのお返しは食べ物でいいようです。




-------- 目次 --------

■ 今日の映画
 東京オリンピック

□ ヒビコレリンク

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■ 今日の映画 − 東京オリンピック


--cinema2165------------

 東京オリンピック

 1965年,日本,170分

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<キャスト&クルー>

総監督 市川崑
監督部 細江英公 石井敏朗 亀田佐 日下部水棹 前田博
    三松利美 長野重一 中村倍也 錦織周二 岡田喜一郎
    奥山長春 大森勝美 志羽一馬 柴田伸一 渋谷永子
    杉原文治 須斎安正 鈴木勝利 東松照明 富岡務
    富澤幸男 和田夏十 脇野国広 山岸達児 安岡章太郎
    吉田功
脚本 市川崑
   和田夏十
   白坂依志夫
   谷川俊太郎
撮影 林田重男
   宮川一夫
   中村謹司
   田中正
音楽 黛敏郎

キャスト 三國一朗(ナレーション)

<評価>

☆☆☆☆1/2(満点=5)


<プレヴュー>

 1964年、東京で開かれた第18回オリンピック。日本がこれまでに
経験したことのない規模で行われたスポーツイベントを巨匠・市川
崑が記録し、映画化した作品。聖歌がギリシャで点火されるところ
から、開会式、各競技、閉会式まで、時に全体を俯瞰し、時にひと
りの人間を追い、余すところなく伝えた3時間近い力作。
 公開されたのは、オリンピックが開催された翌年だったが、人々
の記憶に新しかったこともあって、ドキュメンタリー映画としては
空前の観客動員を記録し、大きな話題となった。



<レビュー>

 映画は聖火で始まる。聖火とはまさにオリンピックそのものだか
ら、それが当たり前なのだが、その聖火が採火されるところから、
アジアの国々を渡り、沖縄にいたり、広島を通り、山道を抜け、東
京に至るまでがかなり長い時間を割いて描かれる。そこで描かれる
のは一つにはアジアの国々を聖火が通ったのがはじめてであるとい
うこと、そしてそこは人でごった返すまさにアジアであるというこ
とである。それはつまりオリンピックが東洋にやってきたというこ
との意義を強くメッセージとして明示するものである。
 もうひとつは、日本で沖縄と広島が中心的に描かれることである。
それは戦争の象徴、日本が敗戦から立ち直ったことを示すと同時に、
戦争と対極にあるものとしての平和の象徴としてのオリンピックと
いうものを強く打ち出すためである。聖火とはその平和を象徴する
火である。そのことを観客に強く意識させてこの映画は始まる。

 開会式では欧米の国々が軍隊式の行進をしているのが眼を惹く。
今では“行進”というのは名ばかりで、入場そぞろ歩きになってい
るが、40年前にはちゃんと行進していたようだ。しかし、その行進
の秩序は欧米の国々だけに見られるもので、日本も含めアジアやア
フリカ(いわゆる東洋)の国々には見られない。これを見るにつけ、
オリンピックなるものがそもそも欧米人によって作られ、欧米人の
身体所作から構築されて来たものだということを考える。今では
“行進”もなくなり、ヨーロッパ起源ではないスポーツも導入され
て、そのような感慨はあまり感じなくなったが、40年前にはそれが
強く出ていたのだ。この東京大会で柔道が正式種目になったのはそ
の脱欧米化の端緒であるのかもしれない。

 そして競技に移ると、まず感じるのは「懐かしさ」だ。リアルタ
イムにそれを経験していてもいなくても感じる懐かしさ、それは選
手のウェアや競技場の器具、そしてそこで出される記録にある。今
とは隔世の感のある科学と技術、まず陸上競技などの記録が10分の
1秒までしか計られないことに驚く。何から何までアナログな感じが
し、ナイターの照明もなんだか暗い。そこに40年という月日の隔た
りを感じ、しかし同時にその素朴さに懐かしさを感じるのだ。アナ
ウンサーが選手を紹介するときにその選手の職業(教師だとか、職
人だとか)を言うのもアマチュアリズムというよりは素人の集まり
のようで新鮮だ。
 しかしだからと言って、競技への興味が失われるわけではない。
40年後の今見ても、それぞれの競技のシーンにはスリルがある。結
果のわからない真剣勝負、そこには常にロマンがあり、見るものを
ひきつけてやまない。今から見れば、たいしたレベルにはない記録
であっても、その凌ぎあいには手に汗を握るような興奮がある。そ
の真剣勝負のスリルというのは競技や時代、レベルを超えるという
ことだ。そこからは純粋に勝負を楽しむというスポーツを見ること
の純然たる楽しみが見えてくる。そこからなんとなしに思うのは、
アメリカの野球のマイナー・リーグだ。そのレベルはメジャーに遠
く及ばないけれど、その真剣さに惹かれて人々は球場に足を運ぶの
だ。それはどこか高校野球の地区予選に似ている。自分とはまった
く関係ない、しかも優勝候補でもなんでもない学校の試合でも、見
ればついつい熱中してしまう。そんなスポーツの、勝負の魅力をこ
の映画は思い出させてくれる。
 そしてこの映画は、そんな勝負の面白みを選手に肉薄することで
ますます盛り上げていく。砲丸を投げる選手のクロースアップを延々
と映し、終わったとの表情を映す。ひとりの選手を追うというのも
ひとつの常套手段だ。観客をその選手の、あるいはその選手を応援
するひとりの観客の視点に引き込んで、勝負を主観的に見せる。そ
のレースのとき、観客はぐっと拳を握ってついつい応援してしまう。

 映画の中盤では体操を題材にちょっと凝った映像なども使われる。
選手の動く軌道をトラックするように残像が重なって、何か幻想的
な感じを与える。今となってはどこにでも見られるような映像だが、
体操選手(多分、ナタリヤ・クチンスカヤ)の動きのしなやかさが
黒いバックに引き立ってとても美しい。
 それ以外にもこの映画は数多くの映像的工夫をしている。130台の
カメラを駆使して、細部を撮影する。そしてその際には2000ミリと
いう前代未聞の超望遠レンズを使用した(人間の視角は50mmに相当
するといわれているから、単純計算でも40倍の大きさに見える)。
その超望遠レンズで何を撮影したかといえば、たとえば表情であり、
たとえば足である。私は足だけを撮ったシーンがなんだか印象に残っ
た。
 そんなシーンも含めて、普通にスポーツの中継や、スポーツの記
録を見ているだけでは見ることが出来ない面白いシーンが数多く登
場するというのもこの映画の面白いところだ。そして時にはリアル
タイムの実況の音声を消して会場の音だけを使ったり、関係ない音
楽をかぶせてみたりもする。 それは当たり前のスポーツ中継を見
慣れてしまった現代のわれわれには非常に新鮮な光景だ。たとえば
たまに野球を見に行って実況や解説がないことに違和感を覚えるよ
うな逆転現象が今は起こっているから、なおさらだと思う。
 つまり、この映画の凝った映像によってもたらされるのはスポー
ツの「生」の感じなのである。「生」とは生中継という意味もある
が、生々しいという意味でもある。オリンピックの舞台には栄光だ
けがあるのではなく、失敗も、後悔もある。マラソンで立ち止まっ
てドリンクを飲み干していく選手たちを見ながら、勝負ばかりがオ
リンピックではないことも考えたりした。今回のアテネ・オリンピッ
クでは最下位の選手をたたえるサイトも出来ているらしいし、スポー
ツのドラマはどこにでも潜んでいるのだとも思う。

 などと言っているあいだに、映画は閉会式を迎える。開会式の軍
隊式の行進とは対照的に、ここでは選手たちが入り混じり、自由に
楽しそうに歩いている。肩車をしたり、写真を撮ったり、オリンピッ
クを楽しんだという空気が会場全体に漂っているのが手に取るよう
にわかる。
 そして、インタータイトルによってこの映画のメッセージが流れ
る。それは「人類は4年に一度夢を見る」というようなものだ。4
年に一度のつかの間の平和、オリンピックはそのようなものになっ
てしまっているのだ。この東京オリンピックが行われた1964年、米
ソはすでに対立を深め、いわゆる冷戦状態に突入していた。そんな
中でも、米ソの選手がここでは抱き合い、互いに健闘をたたえてい
た。そんな平和をオリンピックという「夢」だけに終わらせたくな
い。そんなありきたりだが、非常に重要なメッセージがこの映画に
はこめられている。
 そのオリンピックが平和の象徴であったのもこの東京オリンピッ
クが最後だったのかもしれない。68年のメキシコ五輪では前年のソ
連のチェコ侵攻でクチンスカヤは観客のブーイングを浴びた。80年
のモスクワ、84年のロスでの東西各陣営の不参加は言うまでもない
だろう。そして今回も小さな火種があちこちにあった。男子柔道66
キロ級では有力選手であるイランのアラシュ・ミレスマイリ選手が
計量で失格になったが、これはイスラエル選手との対戦拒否が理由
だという。またイラクのサッカーチームの選手は、ブッシュが大統
領選の選挙キャンペーンに「この五輪では2つの自由国家が増え、
2つのテロリスト政権が減った」というナレーションに反発し、物
議をかもした。
 この映画を観ると、東京オリンピックというものがある意味でつ
かの間の桃源郷であったという感想を持ってしまう。それだからこ
そこのラストシーンが感動的だともいえるのだ。この映画はドキュ
メンタリーであるにもかかわらず、事前にシナリオが書かれた。そ
れは、このラストシーンの感動に持っていくための周到なプランニ
ングだったのだと思う。名手ともいえる和田夏十と白坂依志夫に市
川崑と谷川俊太郎を加え、ある意味ではフィクションとも言ってい
いようなスポーツドラマを作り上げた。そのように緻密に組み立て
られることによってこの映画はオリンピックの記録映画であるとい
う概念をはるかに超えて、紛れもない名画になった。



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<今日のお勧め>

 オリンピック関連ドキュメンタリー

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