2008年06月18日

その名にちなんで


また死刑が執行されましたね。
私は死刑制度自体に対してはどう考えるべきか考えあぐねていま
すが、判決から2年半という性急な執行にはやはり違和感を覚え
ます。
死刑ってのはいったい何なのか、突き詰めて考えるとそれは復讐
でしかないようにも思え、だとすると裁判というのはいったい何
なのかと考えてしまいます。裁判というのは復讐が行われないよ
うに公正に裁く場ではないのかと。被害者の家族による復讐を代
わって行うことが果たして裁判なのかと。
「死をもって償うのが日本の文化」だとは思わない(もしそうな
ら、自ら死をもって罪を償う意志がある死刑囚だけが処刑される
べきだ)けれど、死刑に対する考え方がヨーロッパよりゆるいこ
とは確かなような気がする。日本の死刑反対論は「国家権力が人
を殺すこと」よりも、「冤罪の場合に取り返しが付かないこと」
に大きな論拠が置かれている。
うーん、今日はとりあえずここまで。

死刑反対のサイトですが、いろいろな人のメッセージが載ってい
て、考えさせられます。
http://homepage2.nifty.com/shihai/

今日は『その名にちなんで』です。
ニューヨークに暮らすインド人家族の物語、昨日からニューヨーク
とマイノリティでつながっています。




■ 今日の映画 − その名にちなんで


--cinema2236------------

 その名にちなんで

 The Namesake
 2006年,アメリカ=インド,122分


-----------------------


<キャスト&クルー>

監督 ミーラー・ナーイル
原作 ジュンパ・ラヒリ
脚本 スーニー・スクリューワーラー
撮影 フレデリック・エルムズ
音楽 ニティン・ソーニー

キャスト カル・ペン
     タブー
     イルファン・カーン
     ジャシンダ・バレット
     ズレイカ・ロビンソン

<評価>

☆☆☆(満点=5)


<プレヴュー>

 コルカタで列車の事故にあった学生のアショケはアメリカにわた
り、3年後見合いのためにインドに戻りアシマと結婚する。ふたり
はニューヨークでふたりの子をもうけ、ゴーゴリとソニアと名づけ
る。やがてふたりの子供はアメリカ文化に染まり、ゴーゴリはその
名前を嫌がるようになるが…
 ピューリッツァー賞を受賞した同名小説をインド出身の女性監督
ミーラー・ナーイルが映画化。アメリカで生きるインド人家族の姿
を静かに描いた。


<レビュー>

 他民族都市ニューヨークに暮らすインド人家族の物語ではあるけ
れど、物語の中心はインド人家族とニューヨークあるいはアメリカ
との軋轢よりは、その家族自体にある。列車事故で一命を取りとめ、
決意を持ってアメリカにわたった父アショケとそのアショケと結婚
し、アメリカにわたることになったアシマ。そのアシマが文化のまっ
たく異なるアメリカに戸惑うというエピソードはほんのわずかだ。
 アシマが本当に文化的な隔たりを感じるのは、大人になった自分
の子供たちと自分との間の価値観の違いである。自分が育ったイン
ドの伝統的な価値観とはまったく違う価値観を子供たちは身に着け
ている。アシマはその違いを頭ではわかっているのだが、息子のゴー
ゴリが白人のガールフレンドを連れてきて、気安く手をつないだり
するのを見ると、つい反応してしまう。しかしやはり若者にとって
は不自由なインドの伝統的な価値観よりも自由なアメリカの価値観
のほうが気安く、ゴーゴリはガールフレンドの家に入り浸る。
 しかしこれは親子の断絶を意味しない。アシマも子供たちのこと
を理解しようとしているし、子供たちも心の底ではやはりインド人
なのだ。それが映画の後半に表れてきて、親子の間の隔たった距離
は少し縮まる。
 この親子の物語は、決して彼らがニューヨークに住むインド人だ
からといって特別なわけではない。世代間の価値観の違いは時間と
場所を超えてどこにでも存在する。この家族の場合はその世代間の
違いとインドとアメリカという文化圏の違いが重なり合ってその隔
たりが大きくなったというだけのことであって、これ自体は誰もが
子としてそして親として経験する軋轢なのである。
 だからこの物語は遠い世界の話ではなく、誰もが身近なものとし
て感じることが出来る物語になっている。しかし、残念なのはその
ように身近なものになってしまったことで、ニューヨークのインド
人というトピックのインパクトが薄まってしまったことだ。インド
という国は映像で登場するだけでインパクトのある国だ。そのイン
ドと欧米の文化の違いは見た目にも明らかである。にもかかわらず、
それを明確に示すのは白人のマクシーンと同じく欧米で暮らすイン
ド人であるモウシュミだけなのだ。
 マクシーンは人種や文化の違いを気にしないという進歩的な姿勢
を取りながら、そのことが実は文化を踏みにじっているということ
を理解しない典型的な白人の態度を見せ、モウシュミは過度に欧米
化してルーツを見失ってしまったマイノリティの典型となる。ここ
がもう少し掘り下げられていたら、もっと興味深い物語になったの
だと思うのだが。

 しかしだからと言ってこの映画が面白くないというわけではなく、
親子の物語として十分に面白いものでもあるし、その親子関係には
常に異なる環境という要素が入り込んでくる。特にアショケの息子
の育て方には息子がアメリカという地で生きていかなければならな
いが故の気遣いがたくさんある。息子の名前の由来を言わないのも、
名前を変えるのを許すのも、個人を尊重し、何事も自分で選択しな
ければならないアメリカの環境を考えてのことだ。
 そんなアショケの想いは見ているほうにもじわじわと伝わってく
る。派手な展開はないけれど、人間はしっかりと描けている、そん
な作品だと思う。



□ ヒビコレリンク

 『モンスーン・ウェディング』

posted by ヒビコレエイガ at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ2000年以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/100924908

この記事へのトラックバック