2008年07月10日

かあちゃん

沖縄から帰って1週間ですが、どうも気分が抜けませんなぁ…
特に東京が梅雨空なせいもあり、J-WAVEで沖縄から放送したり
しているせいもあり、青い空がね。
東京にもまもなく夏が来ますが。

今日は『かあちゃん』です。
ちょっと日本映画を多めに見たい今日この頃です。




■ 今日の映画 − かあちゃん


--cinema2250------------

 かあちゃん

 2001年,日本,96分

-----------------------


<キャスト&クルー>

監督 市川崑
原作 山本周五郎
脚本 和田夏十
   竹山洋
撮影 五十畑幸勇
音楽 宇崎竜童

キャスト 岸恵子
     原田龍二
     うじきつよし
     勝野雅奈恵
     中村梅雀
     山崎裕太
     石倉三郎
     宇崎竜童

<評価>

☆☆☆1/2(満点=5)


<プレヴュー>

 天保時代の江戸、貧乏長屋に暮らすおかつと子供たちは金を貯め
こんでいる吝嗇と近所に言われていた。その家に若い泥棒の勇吉が
盗みに入る。おかつはその勇吉にお金をためている理由を話す。そ
れは長男の市太の友人の源さんが牢から出てきたときのための支度
金だという…
 山本周五郎の同名小説を和田夏十が生前シナリオ化してあったも
のを没後18年を経て映画化した作品。


<レビュー>

 映画の始まりは間抜けな泥棒が何もない家に入ってしまい、泥棒
に入られた家のほうは盗まれてもいないものを盗まれたと言うとい
う話で、落語の「花色木綿」という噺を使っている。そして、この
作品全体もどこか落語の人情話のようで、まあ大体江戸の貧乏長屋
を舞台にしたら、そこから生まれるのは笑い話か人情話かさもなきゃ
怪談と相場は決まっているわけだが。
 で、話のほうはというと細腕一本で5人の子供を育てるおかつが
さらに泥棒に入ってきた勇吉を家に招きいれ、長男の友達というだ
けで親戚でもなんでもない源さんという男のために家族総出で3年
間も働きづめという、人情を越えて恐ろしいぐらいのお人よしの一
家の物語。
 いまの世の中いったい人情なんてもんがあるのかないのかわかり
はしないが、こういう風な思いやりには相手も答えてくれると信じ
たいものだ。さすがにこのおかつは度が過ぎていて、いったいどう
してこんななのかといいたくなるが、亭主の位牌を丁重に扱ってい
るところを見ると、そのあたりに何かあるのではないかと思える。
 このシナリオのいいところは、そんなべったべたの人情噺である
にもかかわらず、湿っぽい話にはしないというところだ。人情人情
で引っ張る感動話というのは“ハンケチもの”なんていわれるよう
に登場人物たちも涙涙で、見ている人も涙涙なんていう湿気むんむ
んの話になりがちだが、この話の登場人物たちは江戸っ子らしく他
人様に涙を見せるなんざぁ恥だという気概をもっているのでそれほ
ど涙は登場しない。逆にこの家族はあくまでも明るく朗らかで、笑
い声が響き、脇役も笑いを提供するためにそろえられている。
 そんな風にベタな感動ものになっていないぶん、どこか覚めたと
ころも感じられる。勇吉を家族同然といいながら、そんなに親しげ
にするわけではない。しかし家族というのはそういうもので、アメ
リカ人じゃあるまいし年中抱き合ったりはしないもんだ。この作品
はそのあたりのバランスをうまくとって江戸の人情をさらりと描い
ているように思う。

 結局この話を一言で言えば「情けは人のためならず」ということ
だ。自分を犠牲にしてでも他人に情けをかけようというおかつは本
当に仏様かというような人物だが、その情けというのはやはりめぐ
りめぐって帰ってくるものだ。この作品はそれを勇吉というひとり
の人物を通して描いて見せた。
 情けは「かけてやるもの」ではない。相手のことを思えば自然と
にじみ出るものだ。現代では忘れがちなんていってしまうとまた陳
腐な嘘っぽい言葉になってしまうが、この作品はそれを言葉ではな
く映画というかたちで表現することで、私たちの心を暖かくしてく
れる。
 少々嘘っぽくたっていい。「ああいいなぁ、こういう人の暖かさっ
てのは」と思えるいい作品、やはり市川崑の亡き妻への思いもそこ
には込められているのだろうか。

posted by ヒビコレエイガ at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本2000年以降 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/102680315

この記事へのトラックバック