9月11日です。
もうあまりこの日が来ても報道もされなくなり、アメリカでは
政府の陰謀だったという説がまことしやかに語られたりしてい
ます。
人はやはり忘れやすいものです。特に言葉にならない感情や衝
撃というものは。9.11は映像があるために、まだその衝撃をよ
みがえらせるのが容易ですが、映像もなく、語り継ぐ人もいな
くなってしまった物事というのはあっという間に忘れられてし
まいます。
忘れてはいけないことはくり返し記憶を想起しなければいけな
い。この日が来るたびに私はおそらくそのことを思い出します。
9.11のこと、原爆のこと、そのほかの戦争のこと、さまざまな
悲しい出来事、もちろん楽しい出来事も。過去の出来事があっ
たことを証し立てるのは記憶だけ。映像というのはそれを補完
するに過ぎません。
皆さんも、いろいろなことを思い出してください。
■ 今日の映画 − 喜劇 男の泣きどころ
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喜劇 男の泣きどころ
1973年,日本,93分
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<キャスト&クルー>
監督 瀬川昌治
脚本 田坂啓
瀬川昌治
撮影 川又昴
音楽 青山八郎
キャスト フランキー堺
藤岡琢也
春川ますみ
太地喜和子
笠智衆
加藤武
<評価>
☆☆☆(満点=5)
<プレヴュー>
警視庁の保安一課に配属された堅物の警察官木下長戸は職務にの
めりこむあまり不評を買うが、たまたま捕まえたポルノ写真売りか
ら捜査中のポルノ映画の撮影現場が明らかになる。しかし、その黒
幕は予科練時代の親友で…
“旅行”シリーズで名を馳せた瀬川昌治監督とフランキー堺が再
びコンビを組んだお色気コメディ。ストリッパー役の太地喜和子が
はまり役。
<レビュー>
最初からはだかはだかのオンパレード、タイトルの最後は女性の
“あそこ”がスミで塗りつぶされて、そこに映倫のマークが表示さ
れるという、シャレが効いた始まり。
内容のほうはまあたいしたものではない。地方の警察官から昇進
して保安一課の刑事(猥褻図画の取り締まりをする)になった男と
ピンク映画に出資する男が予科練時代の親友だったという話し、刑
事の長門のほうはそのことにまったく気づかず、ドタバタが展開さ
れる。
当時の人気者フランキー堺はさすがに芸達者でいろいろの扮装も
ピタリと着こなすし、感情のメリハリが非常にはっきりしていてわ
かりやすい。
話のほうは、そのフランキー堺演じる仕事に没頭するあまりいま
でいうEDになってしまうことから二転三転していくというもの。
主人公の長門とその親友の藤村、太地喜和子演じるべべ・モンロー
というストリッパー、長門の妻なんかが絡んできてなかなか見ごた
えのあるドラマが展開される。
このストリッパーの太地喜和子がとてもいい。もちろん裸も披露
するんだけれど、ただヌードを披露する女優というわけではなく、
ストリッパーという職業の女性の抱える感情の複雑さを表現しよう
という努力が見え、終盤にはどこか性格俳優じみた感じさえ与える
ようになる。フランキー堺にも藤岡琢也にも負けないような存在感
を最後には出しているのだ。
作品の形式としてもポルノ映画の撮りかたなんかを結構使ってい
て、その辺りにも工夫がある。その結果、なんだかエロ映画は男を
元気にするもので、規制しすぎるのはよくないと言っているような
感じになる。お堅い松竹がこんな映画を作るってのはなかなか不思
議な感じもするが、アナーキーというよりは秩序あるエロという感
じなので、それはそれでいいのだろう。
エロ映画の“巨匠”に笠置衆を配役したというのもかなり効いて
いる。撮っているものはエロで、違法なものだが、それでもプライ
ドを持ち、哲学を持って仕事をしている“巨匠”、妙な説得力のあ
るその姿が、一律な基準で猥褻か猥褻ではないかを判断する映倫へ
の皮肉であるようにも見えてくる。
そう考えると、この映画でもっとも優れているのは配役ではない
かと思う。主人公のフランキー堺、ストリッパーの太地喜和子、エ
ロ映画監督の笠置衆、フランキー堺の妻を演じた春川ますみもよかっ
た。春川ますみは実はメリー・ローズという芸名で浅草ロック座に
出演していたことがあるんだという。
そんな大胆といえば大胆な配役が、この作品の一番の肝だった。
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