2008年02月02日

音のない世界で

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冷凍餃子は大変なことになっていますね。
穴が開いていたということで、人為的なものかもしれないという
ことになっていますが、これだけ場所がばらけているということ
は人為的にしても輸入前になされているということですから、そ
れをチェックできなかったというのは…
さらには、その中国の工場では40歳以上の従業員が一律解雇され
ていたとか、JT株が事件公表の2日前に急落していたとか、い
ろいろな方向に波及しています。

原因はいろいろですが、地産地消のエコライフ、スローライフに
向かっているのでしょうね。グローバル化のさまざまな弊害が明
らかになって、世界は変わろうとしている。そんな気がします。
世界はグローバル企業ではなくもっと身近なところでつながって
いかなければならない。そんなことを思いました。



-------- 目次 --------

■ 今日の映画
 音のない世界で

□ ヒビコレリンク

□ DVD今日の買い!

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■ 今日の映画 − 音のない世界で


--cinema2145------------

 音のない世界で

 Le Pays Des Sourds
 1992年,フランス,99分


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<キャスト&クルー>

監督 ニコラ・フィリベール
撮影 ニコラ・フィリベール
   フレデリック・ラブラックス
音楽 アンリ・メコフ

キャスト 

<評価>

☆☆☆1/2(満点=5)


<プレヴュー>

 パリの聾学校、子供たちは手を口元に持っていって息がかかる感
覚で聞こえない音を出す練習をしている。聾の子供たちを持つ大人
たちのクラスでは、聾の男性が大きなゼスチャーで自分の経験を伝
える。
 聾の人たちがどのように感じ、どのように生活しているかを描い
たドキュメンタリー。


<レビュー>

 子供たちは繰り返し繰り返し聞こえることのない音を発する練習
をしている。補聴器をつければ、ある程度の音は聞こえるようなの
だが、それでもこれまで聞いたこともない音を、やったこともない
やり方で出そうということで、それがいったいどんな体験なのかは、
想像することすら難しい。彼らには自分が発している音がどう聞こ
えるか決してわからないのだ。新たな技術を身につけ、それを自分
の感覚で確認することができないまま実践していく。そのことの困
難さがまず気になる。
 しかし、子供たちも大人たちもそんなことを気に病む様子はあま
りなく、それぞれ生活を楽しみ、生き生きと暮らしている。もちろ
んその生活に苦労はあるだろうが、聾者同士の間では盛んに手話の
会話がなされ、音のない世界にある種の安心感を感じている。ある
若者はインタビューで始めて補聴器をつけたときの記憶を語り、家
に帰って補聴器をはずし、音のない世界に戻ると安心したと言う。
音のない世界が普通の彼らにとって音のある世界とは自分の感覚を
乱す、余計なものが多すぎる、煩雑な世界なのだろう。
 しかし、やはり社会とかかわらざるを得ないとき、そこには困難
が生じる。この作品の中で取り上げられているのは、若いカップル
が部屋を探しているシーンだ。ここでは若いカップルが何とか話が
できる友人と不動産業者と部屋を見に来ているのだが、なかなか話
が通じない。肝心の友人の発音ははっきりせず、唇を読むのも正確
にはできない。不動産業者の顔には明らかな戸惑いの表情が浮かぶ。
 ここで気づくのは、フランスの聾者に対する教育があくまでも自
立すること、健常者に混じっても普通に生活できることを目指して
いるようだということだ。手話や筆談を使って社会の中で困らない
ようになるのではなく、唇を読み聞こえない言葉をしゃべることで
うまくすれば聾と気づかれないくらいの生活を送れるようにする。
そこを目指しているような気がする。
 日本やアメリカを見ていると、そうではなくて社会も聾者のほう
に歩み寄り、妥協点というかどちらも多少の不便を感じながらも、
みなが生活できる環境を作ろうとしているように見えるのだが、フ
ランスの場合は聾者であっても一人の個人として社会に適応できる
ように努力しなければならないようになっている。ここにお国柄の
違いが感じられる。このあり方はどちらにもいい点もあれば、悪い
点もある。それはあくまで違いであってよしあしではない。

 とにかく、そのようなフランスの社会で生きる聾者たちの日常を
この作品はうまく切り取っている。その困難さを強調すると言うよ
りは、彼らも当たり前に生きているのだということを示している。
彼らと出会っても不動産業者のように戸惑うのではなく、一人の個
人として尊重し、対等に扱うこと、それが彼らにとって重要なこと
なのだ。もちろん耳が聞こえる人と聞こえない人の間に違いはある。
しかしそれは差異に過ぎない。耳が聞こえる人のほうが世の中には
多いから、社会が耳が聞こえる人に便利なようにできているという
だけで、耳が聞こえないことは必ずしも欠点ではないのではないか。
世の中が色々便利になったら、耳が聞こえる/聞こえないというの
は、右利き/左利きくらいの差異になってしまうかもしれない。
 そんなことをつらつらと考えてしまうくらいに彼らは生き生きと
していた。




□ DVD今日の買い!

<今日の作品:音のない世界で>

 『音のない世界で』のDVDは未発売です。
  ビデオはあります。


<今日のお勧め>

 数は少ないですが、ニコラ・フィリベールを。

価格:¥ 4,536(定価:¥ 5,040)
おすすめ度:


価格:¥ 4,990(定価:¥ 5,670)
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2008年01月30日

すべての些細な出来事

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ちょっと前だと思いますが、日本のワインがヨーロッパに輸出
されることになったというニュースがありました。
http://www.sannichi.co.jp/local/news/2008/01/19/5.html
EUの基準はなかなか厳しいそうで、日本のワインもそれだけ
質が上がったということなんでしょうね。地産地消ということ
を考えても、日本のワインってのも気になりますね。
ちなみに、輸出が認められたワインというのはこちら
他にもdancyuのこの本を見て気になったのがいくつか。
甲州シュール・リーという葡萄がよさそうです。
原茂
勝沼
もうひとつはその名も「農民ドライ」、こちらは北海道。



-------- 目次 --------

■ 今日の映画
 すべての些細な事柄

□ ヒビコレリンク

□ DVD今日の買い!

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■ 今日の映画 − すべての些細な事柄


--cinema2143------------

 すべての些細な事柄

 La Moindre des Choses
 1996年,フランス,105分


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<キャスト&クルー>

監督 ニコラ・フィリベール
撮影 カテル・ジアン
   ニコラ・フィリベール
音楽 アンドレ・ジルー

キャスト ラ・ボルドのみなさん

<評価>

☆☆1/2(満点=5)


<プレヴュー>

 鬱蒼とした森の中にある診療所、精神科のクリニックであるラ・
ボルド診療所では患者たちによる演劇の準備が進められていた。患
者と職員は一緒にセリフを練習し、歌を歌い、楽器の練習をする。
 患者も医者も看護人も普段着で過ごすこの診療所でみなで劇を
作り上げていく様子を映す。フランスでは半年のロングランとなり、
ゴダールにも賞賛されたというドキュメンタリー。


<レビュー>

 この作品は非常に散漫だ。舞台が精神科のクリニックで、患者た
ちを中心に何か劇を上演しようとしているというのはわかる。それ
は患者然とした人が出てきたり、薬が用意されていたりすることか
らわかるのだが、このクリニックでは患者も医師も看護人もいわゆ
るコスチュームを着てはおらず、ぱっと見では誰が患者で誰が職員
なのかわからない。だから、ここで何が起こっているのか、という
ことが良くわからないのだ。
 それもおそらくこのクリニックの治療の方針なのだろう。患者と
思われる人が交換手をしていたり、患者同士が助け合っているのを
見ると、その方針も有効なのだろうと思える。このフランスの田舎
にあるクリニックはドゥルーズとの共著で知られるフェリックス・
ガタリと精神科医のジャン・ウーリーが設立したクリニックである
らしい。柵などの境界のない広い敷地にお城のような建物が建つこ
のクリニックはファンタジーの世界であるかのような印象も与える。
 そして、ここの職員たちの患者に対する態度は温かく、医者/看
護人と患者というよりは一緒に暮らす仲間という印象を与える。フィ
リベールは長編デビュー作となった『パリ・ルーブル美術館の秘密』
でルーブルを“村”にたとえたように一種の(仮想的な)共同体を
対象として映画を作るのを得意としているようだ。
 この作品も精神科のクリニックを舞台としているが、精神病が問
題なのではなく、そこにいる人々が主人公であり、精神病という病
を抱えていて、社会からは阻害されていても、この共同体の中では
一定の役割を与えられ、その一員として生活しているということを
描いている。フィリベールはその共同体に入り込み、しかしそこの
人々とは微妙な距離感を保ちながら、人々に暖かい視線を注ぐ。そ
のまなざしが心地よく、観客をひきつけるのだ。
 ただ共同体に入り込むがゆえに、その共同体の質によって映画の
全体のムードも変わってくる。共同体とはいえ、それぞれが気まま
というかばらばらに振舞っているこの診療所を描いたこの作品のムー
ドは散漫なものになる。小さな小学校を描いた『ぼくの好きな先生』
は非常に緊密なムードになる。
 そのムードを伝えるというのも面白いとは思うのだが、ここまで
散漫になってしまうと戸惑いと退屈さがない交ぜの印象になってし
まい、映画としてはいまひとつひきつけられないといわざるを得な
い。対象となる共同体のムードを伝えながらも、作品としてはしっ
かりとまとまったものにするというやり方ができたら、この作品も
非常にすばらしいものになったのではないかと思う。

 このニコラ・フィリベールというドキュメンタリー作家の独特の
作り方は面白いとは思う。映画というのは基本的にカメラと観客の
視線が同一化されるので、作り手の一人称の語りでない限り、観客
の傍観者としての地位を犯さないように慎重に映像が組み立てられ
るものなのだが、この人の作品ではずっと傍観者として映画を見れ
ていたのに、映っている人たちが急にカメラのほうを見たり、突然
フィリベール自身が発言したりして、その均衡を破る。
 これは違和感を感じさせるわけだが、この違和感は彼が被写体と
なる共同体の中に入り込んでいることの表明でもあり、同時に観客
を巻き込むための戦略でもあるだろう。それがもっと洗練されてい
けば、予想もできないほど面白い作品が生まれてくるかもしれない。



□ DVD今日の買い!

<今日の作品:すべての些細な事柄>

 『すべての些細な事柄』のDVDは未発売です。
  ビデオはあります。


<今日のお勧め>

 数は少ないですが、ニコラ・フィリベールを。

価格:¥ 4,536(定価:¥ 5,040)
おすすめ度:


価格:¥ 4,990(定価:¥ 5,670)
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2008年01月29日

ヴィトゲンシュタイン

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昨日ニュースを見ていたら、横綱審議委員の内館牧子さんが、
インタビューをしようとした取材陣に「わたしの本を読んでく
ださい」と言っていました。
この本↓
内館 牧子
価格:¥ 1,575(定価:¥ 1,575)
おすすめ度:

のことだと思いますが、一応公の委員会の委員なんだから、
本を読んでくださいじゃなくて、一言二言答えるのが普通なん
じゃないかと思いませんか?
朝青龍の品格をうんぬん言うんだったら、まず自分の態度をしっ
かりと省みて欲しいものです。人のふり見て我がふり直せって
ね。そこまでして本を売りたいのかね。

と書いてる私もわが身を省みなければ。
ファンの人がいたらごめんなさい。ただの独り言です。



-------- 目次 --------

■ 今日の映画
 ヴィトゲンシュタイン

□ ヒビコレリンク

□ DVD今日の買い!

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■ 今日の映画 − ヴィトゲンシュタイン


--cinema2142-----------

 ヴィトゲンシュタイン

 Wittgenstein
 1993年,イギリス=日本,75分


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<キャスト&クルー>

監督 デレク・ジャーマン
脚本 デレク・ジャーマン
   テリー・イーグルトン
撮影 ジェームズ・ウェランド
音楽 ジャン・レイサム=ケーニック

キャスト クランシー・チャセー
     カール・ジョンソン
     マイケル・ガフ
     ティルダ・スウィントン

<評価>

☆☆☆(満点=5)


<プレヴュー>

 天才的な哲学者として知られるヴィトゲンシュタイン、オースト
リアに生まれ、ケンブリッジで学んだ彼の人生はどのようなものだっ
たのか。
 鬼才デレク・ジャーマンがヴィトゲンシュタインの一生を描いた
伝記映画。黒い背景の前で人々が演じる演劇のようなスタイルで、
緑の火星人を登場させるなど幻想的な演出もくわえたデレク・ジャー
マンらしい作品だが、ヴィトゲンシュタインの思想をしっかり伝え
ようという意欲も感じられ、比較的見やすい作品となっている。



<レビュー>

 ヴィトゲンシュタインという天才をデレク・ジャーマンという鬼
才が映像にする。難解なヴィトゲンシュタインの思想を、難解なデ
レク・ジャーマンの映像で解釈する。このような映画が凡人には理
解出来ない難解な映画になるであろうことは想像に難くない。そう
思ってついつい敬遠してきたのだけれど、もしかしたら難解さと難
解さが出会ったとき、そこにまったく違うわかりやすさが生まれる
こともあるのかもしれないと期待して作品を見てみた。
 序盤ははっきり言ってまったくわけがわからない。ヴィトゲンシュ
タインの少年時代について語られ、片手のピアニストの兄や画家の
姉が登場、少年ヴィトゲンシュタインの苦悩が語られ、話し相手あ
るいは哲学問答の相手として緑色の火星人が登場する。しかも、映
像はずっと真っ暗な舞台の上に登場人物だけがいて、そこにスポッ
トライトが当たっているようなもので、場面設定を説明するような
ものも一切ない。そして、ヴィトゲンシュタイン少年のひとり語り
はまったく難解で、そもそも何が話題になっているのかすらわから
ない。
 しかし、中盤に差し掛かり、ヴィトゲンシュタインとバートラン
ド・ラッセル(ヴィトゲンシュタインの先生となる哲学者)とメイ
ナード・ケインズ(あの有名な経済学者ケインズ、ケンブリッジの
同僚)を中心に展開されるようになると、だんだん面白くなってく
る。特にヴィトゲンシュタインのセミナーで彼が自分の思想を説明
することで、観客にも彼の考え方が多少ではあるが伝わってくる。
言葉やコミュニケーションの問題、その問題はヴィトゲンシュタイ
ン自身の存在の可否にまでかかわってくるような問題なのだ。
 それでももちろん、この映画で語られるのは果てしなく哲学の問
題だ。哲学的な素養な必要とは思わないが、哲学的な姿勢が少なか
らずないと見るのはつらいかもしれない。しかし、この映画を見な
がらボーっと考えていると、生きて言葉を扱うこと自体が一種の哲
学的な姿勢であり、人と何らかのコミュニケーションを取っている
人が哲学的ではないということはありえないという気になってくる。
哲学というのはごく当たり前のものであって、それを難しくしてい
るのは哲学者なのだ。
 ならば、生きることに対して多少なりとも意識的でなければこの
映画を見るのはつらいかもしれないと言い換えようか。この作品に
はデカルトとかフロイトとかいろいろな名前が出てきて、それを知
らないと作品が理解できないようにも思えるが、根幹のところでは
それは関係ない。問題なのは、ヴィトゲンシュタインがいったい何
に悩んでいるのかということだろう。不意に考え方を変えたり、労
働者になろうとしたり、果ては自殺をしようとしたりするヴィトゲ
ンシュタインの苦悩の根本にあるものが何であるのか、それを考え
ようとすることがこの映画を「見る」ということなのではないかと
思う。

 私はヴィトゲンシュタインの思想にはまったく親しみがないが、
言葉やコミュニケーションという問題については大いに興味がある。
この作品を見て、彼が言葉ともの関係について語り「自然だ」とい
う考え方について太陽と地球の関係(太陽が地球の周りを回ってい
ると考えるほうが「自然」だが、事実は地球が太陽の周りを回って
いるのだ)を持ち出して説明するそのスタンスに興味を覚える。こ
の文章を成り立たせている言葉という記号は、果たして読む人に何
を伝えているのか。あらゆる人々が日常に発する言葉は聴く人に何
を伝えているのか。そんなことを考え始めると、まったくきりがな
い。
 デレク・ジャーマンはそんなヴィトゲンシュタインの思想の根本
を伝えるという目的のために、映像を限りなくシンプルにしていっ
たのではないかと思う。これが普通の映画のように部屋の中や街の
中で演じらる劇だったとしたら、そこに映り込むあらゆるものが記
号としての意味を持ち、セリフとして発せられる言葉の意味を薄め
てしまう。それを避けるために背景も音楽もすべてをそぎ落として
いった。そんな風に思えてならない。






□ DVD今日の買い!

<今日の作品:ヴィトゲンシュタイン>

価格:¥ 12,600(定価:¥ 4,935)
おすすめ度:



<今日のお勧め>

 ウィトトゲンシュタインを読む?

永井 均
価格:¥ 735(定価:¥ 735)
おすすめ度:


ウィトゲンシュタイン
価格:¥ 735(定価:¥ 735)
おすすめ度:






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2008年01月27日

パリ・ルーヴル美術館の秘密

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しかし、毎日寒いですねぇ…
まあ、冬ってこんなもんだったか。
ことしは、燃料高もあってか、エコブームのおかげか、湯たんぽが
かなり流行っているようですね。確かに湯たんぽは暖かくていいし、
手足が温まると眠りに入りやすくなるそうです。寒くて寝られない
という方はぜひどうぞ
両手両足で4つくらい置いておけばいやでも眠ってしまうはず?

今日はニコラ・フィリベールの『パリ・ルーヴル美術館の秘密』
です。東京での話ですが、ニコラ・フィリベールの作品は昨日
から銀座テアトルシネマでレトロスペクティヴが始まりました。
2月2日からは、未公開だった『動物、動物たち』が、2月9日
からは新作の『かつて、ノルマンディーで』が公開されます。
一人のドキュメンタリー作家が特集されることというのもあまり
ありませんので、ぜひこの機会にご覧ください。



-------- 目次 --------

■ 今日の映画
 パリ・ルーヴル美術館の秘密

□ ヒビコレリンク

□ DVD今日の買い!

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■ 今日の映画 − パリ・ルーヴル美術館の秘密


--cinema2140------------

 パリ・ルーヴル美術館の秘密

 La Ville Louvre
 1990年,フランス,85分


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<キャスト&クルー>

監督 ニコラ・フィリベール
脚本 ニコラ・フィリベール
撮影 ダニエル・バロー
   リシャール・コパン
   フレデリック・ラブラス
   エリック・ミヨー
音楽 フィリップ・エルサン

キャスト 


<評価>

☆☆1/2(満点=5)


<プレヴュー>

 パリ・ルーヴル美術館に巨大な絵が運び込まれる。そこは学芸員、
修復技師、警備員などたくさんの人々が働く働く世界。
 カメラは、その人々の活動や、普段は目に触れることの無い美術
館の地下、そしてもちろん数多くの美術品を切り取り、ルーヴル美
術館という“村”の全貌を明らかにしていく。
 『ぼくの好きな先生』などのドキュメンタリー監督ニコラ・フィ
リベールの出世作となった長編第1作。



<レビュー>

 「どっからこんな巨大な絵を入れたんだろう?」というのはルー
ヴル美術館を訪れた人の多くが思う疑問だろう。この映画は重く閉
ざされていているように見える壁が実は可動式だったり、十メート
ル以上ある筒が実は巨大な絵が巻き取られたものだったりというこ
とを見せて、その疑問に答えを出す。
 ルーヴル美術館というのは普通に見に行ったら決して1日では見
切れないような巨大な美術館だ。そのコレクションの時代範囲はエ
ジプトやオリエントといった古代から近代絵画まで数千年にわたり、
それこそ世界中の美術品が収集されている。その数はなんと30万点、
展示されているのはほんの一部で、その多くは収蔵庫に保管されて
いる。
 学芸員の一人がおもむろに扉を開け、階段を降りて行った先はそ
んな収蔵庫や修復室などがある巨大な地下空間である。この空間は
私たちの目には決して触れることは無いが、かなり広大だ。その大
きさはどれくらいなのかわからないが(最後に地下通路の長さは13
キロとの説明があるがそれで空間の広さがわかるわけではない)、
おそらく地上の空間より広いのではないかと思う。
 この作品が捉えるのは、私たちの目には触れない美術館の裏側で、
そのような地下で作業している修復技術者や金メッキ師などが登場
する。さらには、がらんとした展示室で絵の配置を話し合う学芸員
やピラミッドの窓を拭く清掃員などが登場する。もちろん、モナリ
ザやミロのビーナスといった名画や彫刻も登場するが、それはこの
作品では脇役に過ぎない。

 そんな美術館の裏側に興味がある人にはこの作品は面白い作品だ
と思う。しかもそれは世界屈指の美術館ルーヴル美術館である。
 しかし、そういった興味からではなく、一本の映画としてこの作
品を見ると、ちょっと退屈だ。この映画はあまりに断片的過ぎてド
ラマが無い。議論を繰り返すふたりの学芸員や、シャツを忘れてし
まった職員など繰り返し登場する人はいるが、彼らを追ってそれが
映画の縦糸となっているわけではなく、モザイク状に組み立てられ
たピースのひとつでしかないのだ。全体としてはがらんとした美術
館が観覧者が入れる状態に少しずつなっていくという流れで、それ
はそれでスムーズではあるのだが、特に説明があるわけでもなく、
映画がどこに向かっているのかがわかりにくく、そのためそれぞれ
の断片を全体に結びつけるのが難しい。
 これは1990年の作品なので、あのピラミッドが作られた大改築の
際の状況を撮影したもので、改築後の再開に向けた準備を描いたも
のなのだろう。公開された当時はその改築の記憶も新しく、だれも
がすぐにそれとわかり興味深く見ることができたのだと思うが、20
年近くたった今では、しばらく見てようやく「ああ、あのときの…」
と思うくらいで、なかなかすぐにはピンと来ない。それがいっそう
この作品の散漫さを助長してしまっているわけだ。
 この作品が普遍性を獲得するためには、一人の人やひとつの作品
といった“主人公”を見出す必要があったのかもしれない。もちろ
んそれはひとりではなく複数でもいいし、あるいはそこに映らない
人(つまりカメラという視点)でもいいのだが、観客がそこにいれ
ば迷うことなく追っていけるという居場所を作り必要があったので
はないか。それがあればこの素晴らしい美術館とそれを支える人々
をもっと身近に感じることができたのではないかと思う。



□ ヒビコレリンク

 ニコラ・フィリベール・レトロスペクティヴ

 ルーヴル美術館公式サイト



□ DVD今日の買い!

<今日の作品:パリ・ルーヴル美術館の秘密>

価格:¥ 5,102(定価:¥ 5,670)
おすすめ度:



<今日のお勧め>

 アート関係のDVD売れ筋

価格:¥ 3,441(定価:¥ 3,990)
おすすめ度:


価格:¥ 3,441(定価:¥ 3,990)
おすすめ度:


価格:¥ 3,990(定価:¥ 3,990)
おすすめ度:


価格:¥ 2,764(定価:¥ 2,940)
おすすめ度:


価格:¥ 4,343(定価:¥ 4,935)
おすすめ度:



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